やはり
俺ガイル考察は
まちがっている。

「これからもずっと仲良くしたいの。どうしたらいいかな?」

物語の最後のこの言葉は、結衣と雪乃の秘密の合意を隠す。八幡も、読者も、その秘密に気付かないまま、物語を終える。

その秘密とは、 「クラスのヒッキーと仲良くしたいの。どうしたらいいかな?」が、結衣の最初の依頼だった こと。「美味しいクッキーを作りたい」ではなく。物語の初めから八幡はまちがっていて、読者はそれにミスリードされている。

雪乃と結衣はこの依頼と対策とを八幡から隠した。雪乃の「あなたがいないおかげでスムーズに話が進んだわ。」を、八幡は皮肉と捉えたが、しかし雪乃は八幡に本当に感謝していた。

つまり雪乃は結衣の恋を物語の初めから知っていた。だから雪乃は自身の恋に気付いた直後にそれを諦めたし、嘘を吐かずにバレンタインのチョコレートを渡す方法がなかった。

そして結衣は全てを察していた。雪乃が八幡を自分に譲ろうとしていることも、諦めようとしていることも。だから生徒会長選に立候補したし、バレンタインのクッキーを「仲良くしたいの」の意味に留めた。

本編を通して埋め込まれている幾つもの秘密に気付いて、そして俺ガイルを再読して欲しい。そこには全く異なる人物と物語が現れる。

やはり八幡はまちがっている。本物の条件を満たす結衣の前で「本物が欲しい」と訴える。「いつか私を助けてね」としたただ一度の雪乃のその願いを「解ってる」の一言で踏み躙る。

あるいは文化祭での葉山は 相模の失踪に関わり屋上に引き止めてさえいる

八幡が馴れ合いを肯定する様になる経緯 も、雪乃が八幡のダミープロムに応じる理由 も、本文中に丁寧に描写されている。

自分のまちがいを疑い、読者も八幡と共に悩み考え続ける。「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」を読む上で、考察と呼ばれる行為は、その最も面白い読み方の一つだろう。このサイトの目的は、その俺ガイル考察の手引、注釈書になる事だ。

たぶん。知らんけど。

# My Thoughts on ImGuile is Wrong, As I Expected.

俺ガイルは言わば謎解きのされないミステリーとして書かれている。考察とはそのミステリーの真実とトリックを解こうとすることに等しい。このサイトはその過程を示す。

  • 雪乃や結衣の台詞のうち、主語や目的語を省略された解りにくい台詞は「読者への挑戦状」である。すなわちそこで読者は隠された真実を推理するべきである。
  • 八幡は「信頼できない語り手」である。地の文の八幡の推測や思考はまちがっていて、そのまちがえた思考や行動こそがトリックである。
  • 但し八幡は正しく観測する。つまり描写や叙景は正しく、それらが台詞や行動と矛盾するならば、それは先入観やミスリードを疑うべき徴候である。
  • 雪乃は嘘をつかないが本当のことを言わない事がある。結衣は概ねまちがわない。八幡のまちがった解法は材木座が、正しいが八幡の取れない解法は小町が示す。
  • 俺ガイルは決して抽象的に書かれてはいない。修辞的ではあって比喩も対句反復反照も省略黙説も駆使されるが、しかし徹底して論理的である。

# 我的领悟关于果青果然有问题。

「仲良くしたいの。どうすればいいかな?」は、物語の最後に投げかけられ、しかし物語のその始めに仕込まれていて、ほぼ全ての読者に理解されず、そして理解されないまま回収される。

この様な大量の伏線、トリック、ミスリード、ミスディレクションについて、著者の渡航氏は何も言わないし、何もしない。まさに八幡が本物を求め抱えた自意識そのままに。

だから読者も気付かないし、気付いても真偽が解らない。八幡と同じくらいに読者もまちがっている。読後数年を経てさえ、自分の解釈を疑い続けざるを得ない。

卓越した人間観察とその描写、唯一孤高のダークヒーロー、ルサンチマン故のカタルシス、成長するヒロインとその魅力、著しく軽い読み味と爽快でしかし複雑な読後感、それらに青春ミステリーとしての側面を足したいと私は考えるが、それだけの評価が、一つの作品に集まり得た。であるのだから、やはりその作品は、「本物」の銘を冠して然るべきだろう。

# このサイトについて

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  • 個人の解釈であって言うまでもなくまちがっています。
  • 断定的に書く理由は、全ての推測に「恐らく」「であろう」と添えると煩わしいから、です。断言調だからと言って事実でもなければ根拠があるわけでも自信があるわけでもありません。

pf. Twitter : HumbertWendel (opens new window)