その依頼は叙述トリックである。

その依頼は叙述トリックである。

結衣の初回の依頼のエピソードには、下記のストーリーが隠されている。()内が本文に描かれていない。

  1. (結衣の依頼は「クラスのヒッキーと仲良くしたいの。どうしたらいいかな?」である)
  2. (平塚は結衣に奉仕部を紹介する。)
  3. (結衣は雪乃にのみ真の依頼を話す。)
  4. 雪乃は八幡にその依頼の一部のみを話す。
  5. 八幡は結衣らの意図を誤解し怒らせる。
  6. 結衣は雪乃に懐き奉仕部に参加する。

平塚は結衣に奉仕部を紹介する。

「女子から手料理の一つも振る舞われれば君の考えも変わるかもしれんな……」vol.01, l.0802

結衣が奉仕部を訪れる前に平塚は既に手料理に言及している。平塚は結衣の意思、「八幡と仲良くなりたい」を知っている。

「な、なんでヒッキーがここにいいんのよ!?」vol.01, l.0826

結衣は初対面のその初めから八幡を認識している。

「あのね、クッキーを」 / 「別に俺はクッキーじゃない。」vol.01, l.0916

クラスのヒッキーの略、か。

えへへぇと嬉しそうにカフェオレを両手で持ってはにかんでいた。 / その笑顔はたかだか百円の対価にしては貰いすぎたかもしれない。vol.01, l.0953

齟齬。八幡は結衣の喜びをカフェオレ自体への感謝だと思っている。結衣は恐らく八幡が自身を気にかけてくれたことを喜んでいる。

俺と雪ノ下を少し離れた場所から観察している。 / 「……いいの、かな」 / ほんのわずか、躊躇したように呟いた。vol.01, l.1025

結衣は八幡と仲の良い雪乃に依頼の遂行を委ねて良いのか、二人の間に加わって良いのか、を躊躇している。

「家庭的な女の子って、どう思う?」 / 「別に嫌いじゃねぇけど。」 / それを聞いて由比ヶ浜は安心したように微笑んだvol.01, l.1042

結衣は八幡の好みを知らない。結衣の料理の手際の悪さも含め、手料理というテーマを選んだのは平塚だろう。

結衣は雪乃にのみ真の依頼を告げ、雪乃は八幡にその依頼の一部を隠す。

雪乃は結衣の依頼を聞く上で八幡に離席させる。このため結衣の依頼の具体的な内容は八幡や読者には明かされない。

雪乃は結衣の依頼を

と語る。

ここで、雪乃は真の依頼の一部を故意に隠していて、この真の依頼は

であった、と推定できる。

「あなたがいないおかげでスムーズに話が進んだわ。ありがとう」 / 俺史における最低の感謝だったろ今の。vol.01, l.0956

齟齬。八幡は雪乃の言を憎まれ口と捉えている。雪乃は単に事実を告げ感謝している。

つまり、結衣が依頼を語る場に八幡が同席していたなら、雪乃らは八幡に目的を隠して味見させるという解決法は取り得なかった。

「カレーくらいしか作れねーが手伝うよ」 / 由比ヶ浜がほっと胸を撫で下ろす。vol.01, l.1003

依頼の実現に八幡の同席が必要であるということ。依頼が調理や調理法の上達であって八幡の役割が味見程度であるなら、結衣が胸を撫で下ろす必然性がない。

「さて、じゃあどうすればより良くなるか考えましょう」vol.01, l.1106

齟齬。雪乃は「結衣と八幡の仲」という主語を略している。結衣と八幡(と読者)は料理、あるいはその技法、を仮定している。

「仲」という主語は「良くなる」という単語で受ける事ができる。しかし料理や調理技法を主語とおくならば、「より良くなる」という形容で受ける文章は不自然である。

八幡は結衣らの意図をまちがえる。

結衣は八幡の好意を惹こうとしている。八幡はそれを認識していない。よって結衣に酷い言葉を浴びせ続ける。

正直言って人の恋路ほどどうでもいいものもない。vol.01, l.0972

齟齬。結衣から八幡に対する恋路の話。

「純粋に興味がねぇんだ」 / 「もっとひどいよ!」vol.01, l.0994

齟齬。八幡は他人の恋路に興味がない、と言っている。結衣は八幡が結衣に興味がない、と受け取っている。

「死なないかしら?」 / 「俺が聞きてぇよ」 / 由比ヶ浜は仲間になりたそうな目でこちらを見ていた。こいつも食えばいいんだ。vol.01, l.1090

齟齬。八幡や読者は「結衣はクッキーを食べたがっている」と考えている。結衣は二人の会話に加わりたいと思っている。

「なんでお前らうまいクッキー作ろうとしてんの?」 / 「はぁ?」vol.01, l.1221

齟齬。八幡は「結衣の依頼は美味しいクッキーを作ることだ」と考えている。結衣の目的は八幡の好意を惹くことである。なお本文中には「美味しいクッキーを作ろうとしている」描写はない。

「一生懸命作りましたっ!ってところをアピールすれば / 勘違いすんだよ」 / 「そんなに単純じゃないでしょ……」vol.01, l.1288

齟齬。八幡は一般論で男は単純だと言っている。結衣は八幡が単純ではないと言っている。八幡は既に結衣が一生懸命作ったところを見ていて、かつ勘違いしていない。

「男ってのは / 話しかけられるだけで勘違いするし、手作りクッキーってだけで喜ぶの。」 / 「ヒッキー、マジ腹立つ!もう帰るっ!」vol.01, l.1324

八幡は一般論を語っている。結衣からすれば八幡に話しかけても八幡は勘違いしていないし手作りクッキーを喜んでもいない。

結衣は雪乃になつき、奉仕部に参加する。

「でも、本音って感じがするの / 人に合わせてばっかだったから、こういうの初めてで……」vol.01, l.1155

結衣が雪乃に懐いた直接の理由。

以降、結衣の願いは最後まで八幡と雪乃のいる、 そこへ行きたいvol.13, l.1181 である。

「依頼のほうはどうするの?」 / 「今度は自分のやり方でやってみる」 / 「また明日ね」vol.01, l.1340

「自分のやり方」とは、結衣が奉仕部に参加すること、だろう。「また明日ね」という言葉がそれを示す。

あるいはバレンタインデーの葛西臨海公園でのクッキー。 「あたしが自分でやってみるって言って。自分なりのやり方でやってみるって言って。それがこれなの」vol.11, l.3910

雪ノ下が由比ヶ浜の悩みに対して真剣に取り組んだからこそ由比ヶ浜はこうしてお礼に来ているのだと思う。vol.01, l.1402

齟齬。これも理由の一つではあろう。が、一方で、この時点で八幡は結衣の自身への好意に気付いていない。

謎解き

「嘘をつかない」 / 「でも、本当のことを言わないことはある」vol.11, l.2320

陽乃による雪乃評。結衣の依頼に対して雪乃はこの通りに結衣の依頼の一部を隠した。

ずっと見てた。 / クラスが違っても、気づかれてなくても、知られてなくても、知り合ってからも、ちょっとずつ仲良くなってからも、たぶんずっとずっと。vol.13, l.1550

結衣が本編開始前から八幡を気にしていた事は後に明示される。

「これからもずっと仲良くしたいの。どうしたらいいかな?」vol.14, l.6678

本編エンディングはこの結衣の依頼を反復する。