結衣案2 本物であること

結衣案2 本物であること

俺ガイル10巻から14巻は奉仕部の三人が「来年以降も三人で仲良くしたい」を実現する物語である。 三学期編概要 参照。

ここで、13巻中盤の結衣のInterlude以降、結衣の行動はひどく一貫していない。

本稿は、結衣も「来年以降も三人で仲良くしたい」を実現する案を立案遂行しており、この矛盾の理由を、結衣は八幡や雪乃と異なり実行の過程でその案を状況に応じて変化させ続けているから、とする仮説を示す。

一貫していない結衣の行動の例

結衣の行動が矛盾する例を示す。

結衣案2あるいは13巻interlude

結衣は 「手伝うどころか対立することになった」vol.13, l.1573 を八幡から聞いて以降、雪乃や八幡が互いを避けていること、雪乃案が実現不可能であること、などの問題に対して、「来年以降も三人で仲良くしたい」を実現する案を再度立案する。これを結衣案2とする。

結衣案2は「プロム終了後に八幡に告白して振られて、結衣が雪乃と八幡とを繋ぎ留める」である。下記からの類推である。

結衣案2が解決しようとする問題群

雪乃や八幡が互いを避け初めている。まず結衣はこれに対処する。

左に折れれば特別棟、右に折れれば下へ下りる階段だ。 / 「どうしよっか」 / 「とりあえずどっか話できる場所いくか」vol.13, l.1663

左に折れれば奉仕部室。結衣は八幡が雪乃を避けるか否かを問うている。八幡は雪乃を避けている。

「そういえばお前、昼ってどうしてんの」 / 「ちゃんとしっかり食べてますけども。」vol.13, l.1683

「そういや、昼ってどうしてんだ?」 / 「え?うーん、今までと同じ」vol.09, l.0460 を引く。

つまり雪乃は結衣を避けている。結衣はこれを知られたくなくて話を反らしたが、八幡はそれを理解しなかった。

どんな形でもいいから、絶対に関わってないと、ほんとに全部だめになってしまう。vol.13, l.1609

八幡も雪乃も既に互いを避けているのだから、雪乃案2を目指す過程で致命的に破綻してしまう、の意だろう。

結衣案2.1あるいは14巻interlude

結衣は雪乃に呼び出され この関係が終わるんだって気づいたvol.14, l.0655 以降、事態を把握し、雪乃との関係性を強化し、方針を変更する。これを便宜的に結衣案2.1と名付ける。

結衣案2.1の要点は「密約により結衣と雪乃は八幡を共有する」である。この密約は、八幡が結衣と雪乃のいずれを選択しようが、結衣が雪乃と八幡とを繋ぎ留めることで、三人でいる事を実現する。

「どんなこと話したの?」 / 眼差しの奥底には理知的な煌めきが潜んでいる。vol.14, l.1028

結衣が事態を把握しようとしている表現。

「……だから、ゆきのんの気持ち、教えて」vol.14, l.2049

結衣はこの時点で既に 記念写真vol.12, l.1158 で雪乃の気持ちを確信している。にも拘わらず雪乃にそれを聞く理由は、結衣がそれを指摘しても雪乃は 絶対に違うって否定して、そんなことはありえないって拒絶して、そしてそのままそれっきり。vol.14, l.1173 になるから。

「ゆきのんの気持ちごと、全部貰う」 / 「あたしの気持ちも全部貰って?」vol.14, l.2039

「あたしが勝ったら、全部貰う」vol.11, l.3961 の反復。結衣と雪乃で八幡を共有する密約。

かつて「ずっとこのまま」は八幡に阻まれた。結衣は、この「ずっとこのまま」と同種の非倫理的な関係性を、八幡を含めない形で成立させる。

結衣にすれば、その幸福と失恋とを分け合おう、お互いに友人の恋の成就を喜びあるいは友人の失恋を悼もう、という意思表示。

雪乃にすれば、結衣の手前認めることができなかった八幡への好意について、それを認めてよいとする赦し。例えば雪乃曰く、 「女子の恋愛相談って基本的には牽制のために行われるのよね」 / 「泥棒猫扱いで女子の輪から外されるし、なんなら向こうから告白してきても外されるのよ?」vol.01, l.2488 であって、そして結衣の初回の依頼は恋愛相談である。

雪乃と結衣にとってこの八幡の共有は容易だろう。雪乃は結衣と八幡の仲に嫉妬しないし、結衣は雪乃と八幡の仲に嫉妬ではなく疎外感を覚えている。対照的に、雪乃も結衣も例えばいろはと八幡の仲には嫉妬を、戸塚と八幡の仲には諦めを示す。それぞれ 「鍵を掛けるから出てもらえるかしら?」vol.10, l.1728「さいちゃんか……。じゃあ、しょうがない」vol.10.5, l.2781 など。

この密約による「ずっとこのまま」の実現も容易だろう。八幡は11巻で結衣にバレンタインデーに乗じて告白を促している。よって(平塚や陽乃に諭される前の)八幡は結衣の告白を受け入れるだろう。結衣が八幡に告白し、結衣が雪乃を巻き込んで八幡に接する事で、三人の関係を維持できる。

「何かを諦めてほしくないんじゃないかな」vol.14, l.2099

結衣は雪乃に「八幡への想いを諦めてはいけない」と言っている。但し雪乃を翻意させるには至っていない。

雪乃は、あるいは雪乃案2では、自身が「もっとうまくやれる」様になった関係、すなわち八幡への好意を諦めた状態での関係、を望んでいる。一方で結衣が望む関係は、雪乃のみならず八幡も自身も恋心を秘めた状態であって、諦めた状態ではない。

「昨日話したあれさー、なんか春休みいっぱいらしいよ」 / 「だったら問題ないわね。」vol.14, l.0935

「……春休み、どこ行きましょうか」vol.14, l.1074 。雪乃と結衣が八幡を挟まない関係を構築している。

結衣案2.2あるいは14巻前半

結衣は雪乃から 「由比ヶ浜さんのお願いを叶えてあげて」vol.13, l.4753 、八幡から 「だから、お前の願いを叶えさせてくれ」vol.14, l.0541 を聞き、「八幡へのお願い」という手段を獲得する。この「お願い」を用いて結衣は自身と八幡の交際を試行する。変化した結衣案を結衣案2.2とする。

結衣案2.2は「結衣と雪乃は八幡を共有するという密約を結び」「『簡単なお願い』として八幡との交際の実現可能性を調査し」「プロム終了を待ち」「交際可能なら『お願い』を結衣との交際、不可能なら雪乃との復縁として」「結衣が雪乃と八幡とを繋ぎ留める」である。

ここで、「お願い」という手段は八幡の行動を制御できる程度に十分に強力であって、かつ結衣はその強制力を把握している、と仮定する。 そうやって言い訳が用意されているなら、俺はきっと自分を納得させることができる。vol.11, l.3970 は、八幡のモノローグではあるが、正しいとする。

「全部叶えてもらうのってあり?」 / 「できる範囲ならなんとかする」 / 「それ、やめたほうがいいと思う」vol.14, l.0547

結衣が時間稼ぎする理由。つまり故意に酷い行動を取りかねない。例えば修学旅行に従えば八幡は雪乃の前で結衣に告白する。

「それから、ヒッキーのお願いを叶えること、かな」vol.14, l.0576

時間稼ぎ。結衣が八幡のお願いを叶えたくて言った台詞ではなかろう。

結衣は八幡に自身の願いを問われまいとしている。 「微妙かも。優美子たちと遊び行くかも」vol.14, l.0390 として八幡と会話する機会を回避しようとする。 「なんか公園とかって久しぶりかも」 / 「ブランコちっさ、こんなだっけ?」vol.14, l.0470 として機先を制する。 「声かけてくる時、もっと自然にしてほしいとか、ちらちら見ないでほしいとか、あとメールもっと早く返してほしいし、好き嫌いも直してほしいし、」vol.14, l.0492 として話の腰を折る。 「まだ勝負終わってないじゃん」vol.14, l.0526 として遅滞させる。

それでもなお結衣は八幡が強く出る場合にそれを拒否できない。 彼女みたいに諦めたり、譲ったり、拒否したりできなかったvol.12, l.4667 。

八幡と結衣の交際の実現可能性

プロムの前後で八幡と結衣が疑似的に交際するが、結衣は、自身と八幡が恋仲になったところでその関係性が持続不可能である事を再確認する。

八幡は結衣に興味がなく、八幡は結衣のお願いを義務として扱っている。俺ガイル全編を通して八幡が結衣との行動を楽しむ描写は少ないが、しかし雪乃や小町との弾む会話、卒業式の高評価、などが対比的に描かれていよう。

結衣の言う 簡単なことだけvol.14, l.0556 でも以下の顛末である。

プロムの終了後はさらに酷い。

なお八幡自身も結衣との交際は継続不可能であると考えている。 そんな、ありえない想像をした。vol.14, l.2021