アンソロジー4 オールスターズ
本稿では渡航氏による著編のみ言及する。
結衣が美味しいピーチパイを作る。雪乃と結衣は対立できる様になる。いろは「今の翻訳したほうがいいですか?」。小町、「いろは先輩はカス」「料理は愛情」「愛がないとカス」。いろはは小町を生徒会に誘い、小町は拒否する。
ていうか、いろはす、前とまったくおんなじですねぇ!vol.A4, l.3134
頬杖ついてスマホを眺めているのは部員でもないのになぜか部室にいる一色いろは
vol.A2, l.2691 のこと。
「由比ヶ浜さん、本当に上手になったわ」vol.A4, l.3183
「どうすればより良くなるか考えましょう」
vol.01, l.1160 を引き、しかし言い回しが異なる事に意味があるだろう。すなわち「どうすれば良くなるか」の目的語は「八幡との仲」、「本当に上手になった」の目的語は「料理」。
「先輩、今の翻訳したほうがいいですか?」vol.A4, l.3232
結衣は、雪乃の前で、八幡への好意を表明してよい、ということ。雪乃の 単純な味覚以外の部分さえも堪能するかのような深い頷きだった。
、八幡の 何より、小町と雪ノ下のお墨付きだ。安心して食べられる。
vol.A4, l.3188 、結衣の 「でも、よかった......。また作るね」
vol.A4, l.3210 などからして。
典型的ラブコメの導入部に現れる三角関係に至ったという事自体が俺ガイルでは成長の表現となる。本編中では「雪乃と結衣が八幡を取り合う」エピソードは存在しない。雪乃は あのとき、彼女は確かに一線を引いたはずだ
vol.05, l.0272 の一線に従い八幡や結衣に自ら好意を示すことがなかったし、結衣は八幡と雪乃について あたしが入り込めないところがどこかにあって
vol.12, l.1242 と考えていた。雪乃からも結衣からもこれらの隔意が解消された姿が描かれている。
なおこの諍いは雪乃らが八幡を誘い、八幡が小町に投げて小町が引き取り、その暴投を合図として雪乃と結衣はやり取りを終える。このやり取りが雪乃と結衣の茶番、慣れ合い、である傍証。
「仲良いですね。キモいけど」/俺のことキモいと思ってたのかー。vol.A4, l.3246
齟齬。いろはは兄妹の仲が良い事に 割りとマジで引いてる
vol.A4, l.3245 。八幡は自身がキモいと思われていると思っている。
「先輩みたいな言い方普通にムカつく......」/いろはすは俺の言い方にいつもムカついてることになりませんかね?vol.A4, l.3313
齟齬。いろはは小町と八幡の言葉遣いが同じことに嫉妬している。八幡はいろはは八幡の言葉遣いにムカついていると思っている。
「先輩、今の翻訳したほうがいいですか?」vol.A4, l.3333
結衣は一人暮らしを始めた雪乃宅に八幡が入り浸る事を懸念している。結衣が仲間に加わろうとしているか邪魔しようとしているかは不明だが、いろははそれも理解しているだろう。
一色は何か思いついたのか、ふむと顎に手をやり一思案。そして、小町をちらりと見ると、常よりも優しげな微笑みでもって、いくらかお姉さんらしい雰囲気で言った。/「......興味あるなら、お米ちゃんも生徒会室来ます?」vol.A4, l.3382
俺ガイルでは八幡は推測はまちがえるが観測は正しい。であるから「優しげな」は悪巧み、小町を利用して八幡を呼び出すこと、ではない。とするならば恐らく八幡らの引退に伴う新奉仕部の終焉対策、 今っていう時間に縛られて、そのうち過去に囚われて、わたしもこの子もどこにもいけなくなってしまう。
vol.14.5, l.2423 の解として、この時点から、小町を生徒会に誘うことを考えている、のだろう。
「そういうとこ、たまにすごいヒッキーに似てる」vol.A4, l.3386
「そういうとこ」とは、イベント運営に興味を持っているにも関わらず一旦その誘いを断るところ。恐らくは八幡と同じくなんらかの自意識によるもの。
「では、お米ちゃん、借りてきますねー」vol.A4, l.3396
この後八幡が生徒会室に呼び出された時点でいろはと小町は結託している。八幡を呼び出した理由も複数存在する。
等々。
いろはが小町と結託して八幡を雪結から切り離して球技大会の検討をさせる。「言い訳くらいあげたほうがいいかなと」。色ボケした雪乃と結衣が八幡を何度も訪れる。
「邪魔するのもあれかなーと。せめて言い訳くらいあげたほうがいいかなと思いまして」vol.A4, l.3448
奉仕部の活動の邪魔ではなく、雪乃や結衣との仲の邪魔。小町の 「たすけて......」
vol.A4, l.3408 を雪乃や結衣への言い訳として用意した、ということ。
「一回、みんなでご飯食べたくらいで仲良くなったと思ってるんですかね」vol.A4, l.3552
直後に 具体的に経験しているわけではない
とある。雪乃母らとの会食は意図していない。
いろはがお菓子を作ってくる。「料理、得意だって」「今の、翻訳したほうがいいですか?」
「言ったじゃないですか。料理、得意だって」/「今の、翻訳したほうがいいですか?」vol.A4, l.3768
「いろはには愛がある」。 「いろは先輩はカスや......」
vol.A4, l.3288 、 「料理は愛情ですから」
/ 「愛がないとカスですよ、カス」
vol.A4, l.3308 からの三段論法。
という言葉にさえ、裏がある。俺ガイルとはそういうものだ。
一色だけがくすりと微笑んでいた。/そう、一色だけが......。vol.A4, l.3775
つまり雪乃と結衣(と小町)は微笑んでいない。
この短編の主題は、「もはや奉仕部はかつての危機を迎えない」、本編のエンディングが大団円であることの補強である、と考える。
6巻から9巻は八幡らのコミュニケーション失敗による奉仕部の瓦解をテーマとした。これに対してこの短編では八幡らが情報を密に共有する様が描写されている。
修学旅行では八幡が嘘告白の意図を事前に説明しなかった結果、 「あなたのやり方、嫌いだわ」
vol.07, l.3271 として生徒会長戦での対立に至った。しかし今や八幡は 「小町がちょっとやばいっぽい。行ってくる」
vol.A4, l.3412 として行動の意図を事前に説明する。
生徒会長戦では八幡も結衣も雪乃の生徒会運営を手伝うという発想を持たなかった。あるいは文化祭準備では八幡らは専制的な手法を取る雪乃を手伝わず雪乃は過労で倒れた。しかし今や 「私たちも手伝いましょうか」
vol.A4, l.3649 として雪乃も結衣も八幡に積極的に干渉し協力を申し出る。
クリスマスイベントでは八幡が行動の意図を黙した結果 「もう無理して来なくてもいいわ」
vol.09, l.2709 に至り破綻した。今では雪乃らは積極的に八幡の行動を確認しに訪れる。
これらは「色ボケ」と揶揄されるが、しかしその密なコミュニケーション故に、かつて奉仕部に危機を齎した様な齟齬はもはや起きない。
「翻訳したほうがいいですか?」が、短編中で3度繰り返される。これは本編で繰り返された読者への挑戦状、読者に推理や読解を促す決め言葉、に相当するだろう。また、 導き出した言葉にさえ、裏がある
vol.A4, l.3773 として、本編と同じく、複数の解を持つことが明示されている。
本編では読者に読解を促すのは雪乃の役割であった。この役をいろはが担っている。
この役割変更を以て雪乃が言葉足らずを克服したと言えるか否か、今後この役をいろはが担うか、は不明。但し少なくともアンソロジー各編を通して雪乃や結衣と八幡の間での齟齬は起きていない。齟齬はいろはとの間にのみ残る。