ミステリーとしての俺ガイル再読のお誘い

ミステリーとしての俺ガイル再読のお誘い

本稿は 俺ガイル研究会 編著による「レプリカvol.1」 , 2022年12月, への寄稿の再録です。

「これからもずっと仲良くしたいの。どうしたらいいかな?」

「これからもずっと仲良くしたいの。どうしたらいいかな?」

この台詞は、物語冒頭での結衣の依頼が「クラスのヒッキーと仲良くしたい」であったことの自白であって、雪乃が八幡への好意を諦めていたその動機、です。俺ガイルに隠されていた真実であって、俺ガイルが青春ミステリーであったことの証拠、です。

物語の冒頭に、結衣は奉仕部に依頼を持ち込み、八幡は席を外します。つまり結衣のその依頼を直接には聞いていません。ここが犯行現場です。ここで結衣は「八幡と仲良くなりたい、手作りの料理を食べて欲しい」と依頼していて、雪乃は「結衣の意図を隠して八幡に試食させる」という手段を選びました。これが事件の真相です。

物語の冒頭で既に結衣は八幡と仲良くなりたいのです。それを知らない八幡は、「純粋に興味がねぇんだ」と結衣を切り捨てます。「男ってのは、話しかけられるだけで勘違いするし、手作りクッキーってだけで喜ぶの」と諭します。その結果として結衣は怒って帰ります。これが言わばダイイングメッセージでしょう。

雪乃の「あなたがいないおかげでスムーズに話が進んだわ」はミスリードです。八幡はこれを皮肉と捉えました。しかしここで雪乃は本当に八幡に感謝しています。八幡が席を外していなければ、「八幡に黙って試食させる」という作戦は立てられませんでしたから。

雪乃の「どうすればより良くなるか考えましょう」が手がかりです。この文章には主語が欠けています。料理の腕、クッキーの味、などを主語に取るには「良くなる」という動詞は不自然であって、少なくとも上達する、美味しくなる、などのより適切な述語があります。が、仲という言葉が主語であれば、「良くなる」は最も適切な述語です。

本稿では俺ガイルに現れるこれらの技法をミステリー小説の用語で近似します。俺ガイルでは、事件は全編を通して発生していて、その真相が問われた時点で解ける様に書かれています。俺ガイルには超能力も超常現象も現れませんから、相当にクラシックでフェアなミステリーです。

但し本稿は「俺ガイルはミステリーである」とは主張しません。ミステリー小説では多種多様なトリックが発明されてきましたが、俺ガイルは古典的な叙述トリックばかりを用います。あるいは八幡は調査も推理もしませんから、手がかりも解答も偶然に第三者から持ち込まれます。ミステリーとしてはいわゆるデウスエクスマキナ、ご都合主義、です。

ただ、俺ガイルは、読者にミステリーだと気付かせないことに成功した、のです。俺ガイルの読後に「何かが解らないままだ」と考えるのは当然です。なぜなら俺ガイルの本文にはミスリードと手がかりだけが描かれていて、事件も謎も明示されていないから、です。俺ガイルは、このミステリーに準ずる構造を、青春ラブコメに特有の男女のすれ違い、として隠しています。

本稿は俺ガイル再読のお誘いです。俺ガイルのミステリーとしての側面を紹介します。さらに俺ガイルのその「疑い続ける」という読み方を示します。そうして、彼ら彼女らをもっと知りたいと思って頂くこと、を目的とします。