ダミープロム もしくは八幡案2

ダミープロム もしくは八幡案2

本稿はダミープロムを通じて八幡が雪乃を翻意させた過程をまとめる。

八幡は雪乃と関わるためにダミープロムを復活させる。

ダミープロムは雪乃を 「引っ張り出す口実」vol.14, l.5006 に過ぎない。成否も問わない。 「むしろ失敗していいまである。」vol.14, l.4530

くすくすと忍び笑いしていたのが、いつしかそれは耳が痛いくらいの爆笑に変わりvol.14, l.4599

当初は既に手遅れであると嘲りつつ、しかし八幡の目的が雪乃との接触であると気付いた時点で爆笑に変わったのだろう。

陽乃の爆笑は意思を伝える。文化祭で八幡がサボタージュを指摘した直後にも 陽乃さんは大爆笑vol.06, l.2397 している。陽乃は雪乃の成長と開放の機会が心底嬉しいのだろう。思いもよらない、自身や葉山が取り得ない手段による解決であるならばなおさら。

ダミープロム復活の目的は、雪ノ下家の前で、雪乃と話すこと。

八幡にとって雪ノ下母や陽乃は雪乃と話すための環境、 「俺もあいつも逃げられないところ」vol.14, l.4341 に過ぎない。 「そのへんの責任も、まぁ、取れるなら巻るつもりです」vol.14, l.4835 という求婚の言葉でさえ 「ヨガの一種くらいにしか思っとらんぞ」vol.14, l.4543 である。

手札がないなら作ればいい。vol.14, l.4738

この場には交渉が2つ存在する。八幡はそれぞれに異なる手札を用意している。

この引用文において作った「手札」は前者である。八幡は、雪乃に話しかけるためだけに、自身の人生を賭けている。自分の人生を手札とする為に、陽乃か雪ノ下母かに、 「うちの問題に口を挟む意味」vol.14, l.4823 を問わせようとしている。八幡は、雪ノ下家の問題が話題になるまで、当初はすっとぼけ、ダミープロムの成功を捨てて話を煙に巻き、雪ノ下母の興味を「なぜダミープロムをやりたがるか」に引き付け、最後には陽乃を煽る。

ここまでのやり取りはすべて、相手を交渉の場に引きずり出すための方便でしかない。vol.14, l.4758

繰り返すが、八幡がダミープロムを設けた目的は、雪乃と話すこと、である。雪ノ下母や陽乃との会話は八幡にとって全く意味がなく、八幡は、話題が 「うちの問題に口を挟む意味」 に至るまで話を煙に巻き続けているだけ、である。

「ちゃんと決着つけないと、ずっと燻るから」vol.14, l.4797

陽乃の 「ちゃんと決着つけないと、ずっと燻るよ。」vol.14, l.3704 の引用。同席者の中で陽乃にのみ伝わる表現である。そもそもがプロムのリーク依頼の時点で、 「ねぇ、比企谷くん。本物なんて、あるのかな……」vol.14, l.3712 に対し、 本物ってやつを見せてやりますよ。vol.14, l.4597 として、八幡は陽乃の期待に応えることを表明している。これらを受けて陽乃は八幡を直接的に援護する。

「うちの問題に口を挟む意味、解ってる?」 / 陽乃さんは曖昧さを許すことなく、追求し、糾弾し、弾劾し続けた。vol.14, l.4830

陽乃は、八幡が雪乃への干渉を躊躇った直接的な理由、雪ノ下家の問題に口を挟まない態度、を再度問うている。

八幡は、陽乃や雪ノ下母や陽乃が雪ノ下家の都合に言及してきた場合には、会話から撤退している。

陽乃との会話であれば

雪ノ下母との会話であれば

など。

「うちの問題に口を挟む意味、解ってる?」 / 「そのへんの責任も、まぁ、取れるなら取るつもりです」vol.14, l.4838

「お嬢さんを俺に下さい。」

「うちの問題」とは近視眼的には雪ノ下母がプロムの実施について説得した保護者に対する面子。

本質的には雪ノ下家、地場系建設会社と地方議員の承継問題、であろう。すなわち「うちの問題に口を挟む意味、解ってる?」は、単純には、従業員、株主、ステークホルダー、県民ないし市民、に一生を捧げる覚悟があるか、である。より下世話に言えば

となる。どちらであっても葉山以上(=地方進学校の学年2位)であって、直近の課題は「東大に入れ」となるだろう。

この状況を作り出すために話を運んだにすぎない。vol.14, l.4876

この状況とは、 いろんな予防線とか言い訳とか建前とか、わかりやすい肩書とかそれを全部潰す俺もあいつも逃げられないところvol.14, l.4341

端的には雪ノ下母を呼び出して、「お嬢さんを俺に下さい」と告げることで、

という、雪乃が逃げられない状況(あるいは逃げられないという言い訳)を用意した、ということ。

「母親としてはどうなの?」 / 「母親としては、反対よ」 / 「雪乃、あなたが決めなさい。」vol.14, l.4880

陽乃と雪ノ下母が、八幡の意図、ダミープロムを理由に雪乃に関わること、その手段が「お嬢さんを俺にください」であること、を理解した表現。

これまでの雪ノ下母像、 「母が何でも決めて従わせようとする人だから」vol.05, l.1924 と異なり、雪乃に選択肢を与えている。この時点でまだ雪ノ下母が陽乃を後継者と見做して雪乃に自由を認めている表現か、あるいはさすがに自身の婚姻に関わることなら雪乃に決定権を認める表現かは不明。

雪乃への切り札は、平塚の「キャンバスの全部を埋めて、残った空白が言葉の形をとる」。あるいは「助けてくれ」。

「正直、成功させる自信はない。 / 時間も金も何もかもが足りてないのに / 何も保障はできない。 / あくまで俺のわがまま、個人的な理由だ。 / お前が無理にやる必要はない。 / かなり難しい案件だと思ってる。」vol.14, l.4900-

「答えなんてもう決まってる」vol.14, l.4894 と思い詰めていた雪乃を、 「そうね、乗ってあげるわ」vol.14, l.4914 とまで翻意させた八幡の切り札、である。

一番まちがっている というだけはあって、冗長で自明な言葉であって、単なる挑発とも取れる。しかし、平塚の 「キャンバスの全部を埋めて、残った空白が言葉の形をとる」vol.14, l.3947 に従えば、ここではそれぞれの言葉を否定すれば、「成功させる意思がある、時間も金も何もかもが足りなくても、ただ一つのことだけは保障できる、ただ雪乃と一緒なら、雪乃が無理してくれるなら、どんなに難しい案件であっても」という形を作る。

けれど、比企谷八幡と雪ノ下雪乃のやりとりとはこうあるべきだ。vol.14, l.4905

「こう」とは、言いたい事を裏に隠した冗句や挑発や敵対によるコミュニケーション、だろう。

「無理を承知で頼む」vol.14, l.4913 は直前の 「お前が無理にやる必要はない」 と矛盾する。よってまちがっている事は自明である。

だから、一番まちがっていると思うものを選んだ。vol.14, l.4899 は、 最も端的に誤謬の少ない言い方を選んだ。 / それが雪ノ下陽乃に通じるとは到底思えない。vol.13, l.4018 との対比である。すなわち、まちがっている事が自明であれば、雪ノ下雪乃には通じる。

八幡の言葉は周囲には理解されず失笑される。自身の言葉を信じない八幡は苦笑する。しかし八幡が伝える意図を持つならば、雪乃はそれを わかろうとするvol.14, l.4312

そうして雪乃も嘘はつかないが本当の事を言わない。 「私、負けず嫌いだから」vol.14, l.4914 。そして伝わりさえしたならば、雪乃の八幡への信頼は揺るがない。

「俺を助けてくれ。」vol.14, l.4913

「助けは求められているのかね?」 / 「……それは、わかりません」vol.04, l.1601問題を与えられなければ、理由を見つけることができなければ、動き出せないvol.08, l.4089 。 などを引く。雪乃は助けを求められなければ助けることができない。

ここで、雪乃は「俺を助けてくれ」と言われたから八幡を助け返そうとする、と仮定すると、雪乃がダミープロムに乗った理由はやはり「負けず嫌いだから」に帰着する。「あなたに助けてもらえた。だから、これで終わりにしましょう」 参照。

「私は母として言うべきことは言いました。それでもなお、あなたがやるというなら、必ずやり遂げなさい」vol.14, l.4923

親の反対を押し切って交際するなら自己責任で、の意。「認められた」も「見放された」も両方が正しい。

雪ノ下母は、ダミープロムが成功するとは思っていない。ダミープロムを、あるいはそういう男を選択する様な雪乃は、後継者としては見放して良いだろう。しかし同様に、雪ノ下家から見れば遂行に何の障害もないプロムとは異なり、ダミープロムはその難易度、予算や規模的に、やり遂げれば雪ノ下母は多少は雪乃を認める、のだろう。

「お前の人生歪める権利を俺にくれ」

「手放したら二度と掴めねぇんだよ」vol.14, l.5032

一度八幡は雪乃の 袖口にひっかかったままの華奢な指先なるべくゆっくり壊れ物を扱うように触れて、静かに静かに引き離vol.14, l.5032 している。

「お前の人生歪める権利を俺にくれ」 / 「…歪めるって何?どういう意味で言っているの」vol.14, l.5057

八幡の迂遠なプロポーズは雪乃には伝わらない。「本物が欲しい」と言われた時の 「あなたの言う本物っていったい何?」vol.09, l.3164 と同様に真に受けた応答をしている。しかし結衣が言う通り雪乃も わかろうとvol.14, l.4312 している。

言葉一つじゃ足りねぇよ。 / たった一言で伝えられる感情が含まれているのはまちがいない。けど、それを一つの枠に押し込めれば嘘になる。vol.14, l.5094

「共依存なんて、簡単な言葉で括るなよ」vol.14, l.3909 の反復。八幡と雪乃の関係を「共依存」という言葉に括る事がまちがっているのと同じく、八幡から雪乃への感情を「好き」という一つの感情に押し込めることはまちがっている、ということ。

実際に 「正直、成功させる自信はない。」「俺を助けてくれ。」 などには恋愛の要素が一切含まれない。

ただ伝えたいだけだ。vol.14, l.5099

以前の本物の定義における 俺はわかってもらいたいんじゃないvol.09, l.3075 からの成長を示す。ただし結衣に対しては 理解が得られるかどうかは別として、彼女には知っておいてもらいたい。vol.13, l.1239 として既に表現している。

「みんなダメになればダメな奴はいなくなる」vol.14, l.5105

「みんなダメになればダメな奴はいなくなる。」vol.01, l.1353 の反復。意図不明。

顔を俯かせた雪ノ下が、また俺の胸元を叩いた。 / 「あいったぁ……」 / まったく痛くないが、礼儀としてそう言うとvol.14, l.5110

典型的な馴れ合い。先にいろはとはできていたが、雪乃との間では初出。

「あなたの人生を、私にください」 / 「他の言い方を知らないのだから、仕方ないじゃない……」vol.14, l.5122

「お前の人生歪める権利を俺にくれ」の模倣。あるいはハチミツとクローバーの引用。

雪乃は自分の知らない行動を取れず、その場合には陽乃や八幡の行動をコピーする。11巻で雪乃がチョコレートを八幡に渡せなかった理由の回収。

彼らの将来の幸福を示唆する伏線群

あの日からずっと冷えきっていた指先には、ちゃんと熱が通っている。vol.14, l.5161

この指先は奉仕部の扉を最後に開いた この冷たさも硬さも忘れない気がしたvol.13, l.4435 以降ずっと冷たかった。

「ごめんなさい、待った?」 / 「……今来たとこ」vol.14, l.5170

典型的社交辞令。だが、 「そこは、全然待ってないよ今来たとこ、って言うところじゃないですかねー……」vol.09, l.1831 の頃から成長している。

「鍵、開けてもらってもいいかしら」 / 雪ノ下が俺に向かって、鍵を放り投げる。vol.14, l.5173

鍵は雪乃の心の扉の鍵の比喩。 その鍵はいつも彼女だけが持っていて、俺は触れたことさえないvol.12, l.2112 から続く。

「いえ、私が話すわ」 / 「うまく説明するのは難しいけれど」vol.14, l.5214

「結衣には本当のことを伝える」ということ。 嘘を吐かずに、本当のことを言わずに伝えるのは難しくてvol.14, l.1045 を引く。

いそいそと眼鏡をかけてvol.14, l.5239

誕生日プレゼントに 彼女の過ごす一人きりの時間が温かく、安らぐものでありますように。vol.10, l.0794 として八幡が贈ったもの。プロム対立中は ただデスクの脇に置かれたままvol.13, l.1059

「……休みの日でも、あまりしないけれど」vol.14, l.5297

いわゆるアンダーツインテールは雪乃と八幡が初めて二人で行動した日の髪型。 二つに分けて結わえた髪が揺れている。vol.03, l.0816 , いつもより高い位置でくくったツインテールがvol.03, l.1059 , など。

その日が雪乃にとって特別な日であったことの傍証としたい。

「けど、いつかはここに帰ってくると思う」 / 「……そう。ならいいわ」 / 言葉の裏を理解してるやらしてないやら。

八幡はいつか雪乃と暮らしたい、という表明。雪乃が家業を承継するならば雪乃は千葉を離れない。

スマホカメラで撮影する。 / 雪ノ下はスマホを取り出す。vol.14, l.5389

雪乃がカメラにもスマホにも慣れていない表現。あるいは画像加工系アプリを使って 流れるような動きvol.12, l.3960 で自撮りする結衣との対比。

あるいはさらに雪乃が写真への抵抗を克服している表現、慣れていないだけで嫌いではない、という表現かもしれない。雪乃が写真に抵抗を示す表現は複数存在する。 「次はないわ」vol.09, l.3766「私は遠慮したいのだけれど」vol.10.5, l.2670 等。但しプロムのデモ映像ではさほど抵抗を示していない。むしろ 存外ノリノリである。vol.13, l.3572

「お二人はどういう関係になるんですか」 / 「ぱ、パートナー……、とか?かしら……」vol.14, l.5706

葛西臨海公園のペンギンの どちらかが死んでしまわない限り、同じパートナーと連れ添い続けるvol.11, l.3701 を引く。但し八幡もいろはもそれに気付かない。

「明日、夕飯食べに来ない?母が良かったらって言っていて……」vol.14, l.6590

雪ノ下母の介入であるにもかかわず、雪乃は終始嬉しそうに振る舞う。雪乃は決して母や姉を嫌ってはいない。