「いつか私を助けてね」

「いつか私を助けてね」

「いつか私を助けてね」vol.09, l.4194 には主観と客観で視点を変えた二通りの解釈があり得る。

「わかるものだとばかり、思っていたのね……」、「それがあれば、私は救えると思ったから」等、この時期の雪乃の台詞にはよくあることなので、おそらく渡航氏は雪乃について解釈により意味が異なる同一の物語を考え、その物語を隠し、台詞だけを抽出している、のだろう。

「解釈により意味が異なる同一の物語」は技巧的ではあれ珍しくはない。俺ガイルも引用する走れメロスやロミオとジュリエットが典型。

グッドエンドルート、あるいは客観

雪乃は拡散していた自身のアイデンティティを「本物が欲しい」に寄せる事で再構築した。

「あなたにも、わからないことはあるのね」 / 「これくらいのことはあなたも考えていると思っていたから」vol.09, l.3514

八幡の思考を把握できない事態が続いた雪乃は八幡を過大評価していた。これを修正する過程。

雪乃、勝手に雪乃と八幡と結衣の写真を撮った結衣に 「……次はないわ」vol.09, l.3766

否定的な言葉でも言える程度に結衣との距離感が回復している。

「大丈夫か?」 / 「ええ」 / 「先行ってろ、後で追いつく」vol.09, l.4068

10巻以降のエピソード、エンディングの暗喩。

「……違うの。本当に、大丈夫だから」vol.09, l.4138 / 「昔、姉さんが、ちょっとね……」vol.09, l.4163

雪乃が無理にライドに乗ることは陽乃からの脱却、プロム編エピソードの主題、の暗喩。

「いつか、私を助けてね」 / それはたぶん、雪ノ下雪乃が口にした初めての願いだったのだと思う。vol.09, l.4194

例えば文化祭準備委員会であっても雪乃は自身では助けを求めていない。9巻前半では自身の願い、他人への要望は裏返して表現する事しかできなかった。これらからの成長を示す。あるいは八幡が「本物が欲しい」として願いを明確化した様に、雪乃も自身の願いを明確化した。

結衣と八幡は交通事故の時点で助けた、助けられたの関係にある。雪乃はここに関わっておらず、故に結衣と八幡から一線を引いている。雪乃が八幡に助けられることで、雪乃は結衣と対等の立場に立つことができる。三人の関係を築くことができる。

この願いは 「いつか、助けるって約束したから」vol.12, l.4625 として叶えられる。この言葉に従って八幡は行動し、雪乃自身は家業承継は諦めていたにも関わらず、その家業承継さえも実現する。

「あなたの好きにしたらいいわ」vol.09, l.4710

戸部の告白を防ぐ時点では、雪乃は八幡の意図を知らないまま 「まぁ、あなたに任せるわ」vol.07, l.3020 として、結果として八幡を信頼できなくなった。

今は雪乃は八幡が 正直、やってみないとわからんvol.09, l.4697 という事を知っている。八幡も解らない、という事を事前に知っているだけで、雪乃は八幡を信頼できる。

バッドエンドルート、あるいは概ね雪乃の主観

雪乃は拡散していたアイデンティティを、自分の行動指針を、「八幡の『本物が欲しい』を叶えること」とした。しかしそれでも雪乃は、3巻で一線を引いて以来、いずれ自身が身を引く、と考えている。

「あなたにも、わからないことはあるのね」 / 「これくらいのことはあなたも考えていると思っていたから」vol.09, l.3514

八幡の思考を把握できない事態が続いた雪乃は自信を喪失し自身を過小評価している。

雪乃、勝手に雪乃と八幡と結衣の写真を撮った結衣に 「……次はないわ」vol.09, l.3766

雪乃は残る数カ月を終え奉仕部が終われば結衣や八幡とで遊びにいく機会はもうないと考えている。

「大丈夫か?」 / 「ええ」 / 「先行ってろ、後で追いつく」vol.09, l.4068

雪乃は八幡と写真を撮るべく八幡を連れて故意に結衣からはぐれた。

「……違うの。本当に、大丈夫だから」vol.09, l.4138 / 「昔、姉さんが、ちょっとね……」vol.09, l.4163

雪乃は無理にライドに乗ってでも八幡との写真が欲しい。

「いつか、私を助けてね」 / それはたぶん、雪ノ下雪乃が口にした初めての願いだったのだと思う。vol.09, l.4195

雪乃は今も八幡に直接「助けて」とは言わない。雪乃は八幡と雪乃はいずれ離れると考えていて、八幡自身はいなくなるけれども、八幡との写真が、いつか自身の支えとなるように、と願う。

文化祭の 「人 〜よく見たら片方楽してる文化祭〜」vol.06, l.2300 で八幡は雪乃を救った。しかし八幡は直後に相模を救ってしまい、 「……本当に、誰でも救ってしまうのね」vol.06, l.3827 とある様に、困っている人間であれば誰でも救う、という行動に過ぎなかった、とも思える。であるから、雪乃は、今度は自分を救って欲しい、と訴える。

しかしこの言葉は八幡に対する依存を暗喩する。かつ、八幡はこの言葉を自分に向けた言葉として誤解する。雪乃自身は自立を志したにも関わらず、八幡は 「いつか、助けるって約束したから」vol.12, l.4625理由など、あのたった一言あればそれで十分だ。vol.13, l.0350 として、雪乃の自立の意思を妨害する。

「あなたの好きにしたらいいわ」vol.09, l.4710

戸部の告白を防ぐ時点では、雪乃は八幡の意図を知らないまま 「まぁ、あなたに任せるわ」vol.07, l.3020 として、結果として八幡を信頼できなくなった。

雪乃は八幡がどんな行動を取ろうとも、八幡と共にある間は八幡の本物を叶えるべく 一緒に傷つくvol.09, l.4896 決意をした。

概ね常に正しい結衣は まだどこか納得いっていないvol.09, l.4712 として今もなお八幡の想定外の行為を懸念している。この懸念は正しく、八幡も雪乃も玉縄らとの会議を破壊し、結衣は 「二回楽しんでもらえるって思った方が良くない?」vol.09, l.4826 として収拾に回らねばならなかった。