「お前はそれを待たなくていい」
八幡が結衣を切り捨てた言葉は、 「……けど、お前はそれを待たなくていい」
vol.14, l.4367 である。
10巻以降の奉仕部の三人は、来年ないし卒業後に向けて「三人で仲良くしたい」を実現しようとしている。八幡による結衣の切り捨てはこれを実現する手段の一部である。三学期編概要 参照。
八幡は、この一言で、「結衣を傷つける」「けれど許して」「再び絡んできてほしい」「という意図を察して欲しい、それが本物だ」と正面から本気でなんか気持ち悪い事を言っている。
本稿はこれを示す。
「……けど、お前はそれを待たなくていい」vol.14, l.4367
まず「待たなくていい」は単純に結衣を傷つけあるいは開放する台詞である。結衣を一旦切り捨てる理由は次の手段が雪乃への求婚だからで良いだろう。
この台詞は もっと別の言葉を、違う気持ちをちゃんと伝えられるようになるのかもしれない
vol.14, l.4362 というモノローグから後続する。よって単純な結衣の切り捨ては八幡が伝えたい言葉や気持ちではない。
ここで八幡は いつもこうして面倒なことを押し付けては、そのたびに許してもらっていた
vol.14, l.4358 と自覚しながら 「面倒かけて、悪いな」
vol.14, l.4362 とする。よって八幡は今度も結衣に許してもらう事を押し付けている。
「いつかもっとうまくやれるようになる」と「待たなくていい」は 「待っててもどうしようもない人は」
/ 「待たないで、……こっちから行くの」
vol.06, l.2874 に呼応する。 後者は結衣が八幡への好意の表明を開始した台詞であるから、八幡は結衣に再び好意の表明を要求している。
「待たなくていい」は傷つける言葉であって この模造品に、壊れるほどの傷をつけ、たった一つの本物に
vol.14, l.3971 を参照する。この直前の「偽物」が雪乃と八幡を指すから、この「模造品」は結衣と八幡の関係を指す。さらに 「その分、あたしがわかろうとするからいいの」
vol.14, l.4312 は、八幡が「本物が欲しい」という台詞で遮る直前の 「そのぶんちゃんと話せば、ヒッキーともっと話せば、あたしは……」
vol.09, l.3050 に後続するはずだった言葉であって、これも結衣が「本物」の条件を満たす事を示す。よって「待たなくていい」は結衣と八幡の関係を「たった一つの本物」に変える意図を持つ。
適当なごまかしも、嘘もお為ごかしも、あってはならない。
vol.14, l.4229 と自覚しながら 自身の不明を恥じ、軽く笑ってごまかした。
vol.14, l.4370 とある。よって「待たなくていい」は適当ではないごまかしであって、八幡は、嘘でもお為ごかしでもなく誠実に なんか気持ち悪いこと
を言っている。
煙に巻いて逃げの一手を打ったとしても、それを彼女はきっと笑って許してくれるだろうが、甘えてはいけない。
vol.14, l.4229 と自覚しながら 由比ヶ浜もふっと笑むと
vol.14, l.4370 とある。よって「待たなくていい」は煙に巻いた逃げの一手ではないし甘えてもいない。正面から本気の言葉である。
しかし婉曲迂遠に過ぎる。であるから八幡がこの言葉を選んだ理由は率直に 俺は世界でただ一人、この子にだけは嫌われたくない
vol.14, l.4231 でよいだろう。
すなわち、「お前はそれを待たなくていい」
という台詞は、何も言っていないに等しく、その台詞を理解させる為の行動は「面倒かけて、悪いな」
だけであって、しかし関係性の維持をその結衣に託す台詞、である。
であるから、「お前はそれを待たなくていい」
と言う八幡とそれを理解する結衣の関係性は、かつて八幡が 現実とかけ離れた、愚かしくもきれいな幻想
vol.08, l.4170 とまで断じた、 何も言わなくても通じて、何もしなくても理解できて、何があっても壊れない
vol.08, l.4169 関係性そのもの、である。
「うん、まぁ、クズなんだよね……」vol.N2, p.008
俺ガイル新での結衣の反応。ごもっとも。