「だから、これで終わりにしましょう」
「あなたに助けてもらえた。」/「だから、この勝負も、この関係も……、これで終わりにしましょう。」vol.13, l.4522
助けてもらえた、「だから」、終わりにしましょう。順接接続詞では理屈が通らない。何かが欠けている。それは何か。
あるいはさらに全編を通して雪乃は行動は描かれしかしその理由や感情は描かれない。本編に描かれる雪乃の思考、感情、行動規範、などは八幡の推測によるものである。本文からは八幡の推測がまちがっている事は解るものの、正答は描かれない。本稿では、雪乃のこの台詞が読者への挑戦状だとして、全編を通しての雪乃のキャラクター設定を推定してみる。
雪乃が奉仕部を設立もしくは参加した理由は、誰かに助けてもらうため、だった。
そしてプロム編で雪乃が訴える自身の自立、あるいは八幡を諦めるとは、八幡を助けられる様になること、であった。
ここで、「助ける」「頼る」「願い」等が雪乃について全編を通してのキーワードとなる。
本編開始以前、
であった、とする。この前提に基づけば、本編中の雪乃の行動とその理由の対応は下記となる。
「小学校の時、彼女が孤立していたのは知ってるか。」/「一人でできる、あなたには頼らない……助けはいらないって」vol.13, l.3082 /「俺は中途半端に手を出して、余計に傷を広げたんだ。」vol.13, l.3088
小学校の頃、葉山は雪乃を助けなかった。
「……噂、か。因果なものね」vol.10, l.1419
恐らく雪乃の孤立は葉山との噂によるもの。
「私の将来や人生にそこまでの価値、ない……」vol.14, l.5082
本編を通しての雪乃の自己評価であって、さらに、葉山による傷に由来するものと仮定する。
つまり、雪乃は、自身には誰かに助けられる価値がないと考えていた、とする。
「君が……、君が誰かを助けるのは、誰かに助けられたいと願っているからじゃないのか」vol.08, l.2440
これが、葉山の知る雪乃の行動理由であって、葉山はそれを八幡にも適用した、と仮定する。
つまり、雪乃は、誰かに助けて欲しくて、誰かを助ける行動を取った、とする。
「一人でやるようになったと思ったら、また昔みたいに人に頼る。小っちゃい頃はそれも可愛かったんだけどねー。」vol.10, l.3115
陽乃による、現在の雪乃の描写と、かつての雪乃の描写。
つまり、陽乃は、かつて、誰かに助けられたいと願う雪乃の行動を、「すぐ頼る」として咎めていた、とする。
「平塚先生曰く、優れた人間は憐れな者を救う義務がある、のだそうよ。」vol.01, l.0266
本編開始以前。平塚は雪乃の「助けて欲しい」という願いを知る、とする。「誰かに助けてもらいたいなら、先に誰かを助けること」までもが平塚の提案によるもの、かも知れない。
「……いつか、助けるって約束したから。」/「それでいい」vol.12, l.4625
平塚が雪乃の「助けて欲しい」という願いを知る傍証。八幡の言動は平塚の知る範囲の雪乃の願いを満たす、とする。逆に言えば、この時点で平塚は雪乃が八幡を諦めようとしている事を知らない。
「それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」/だいたい「救う」だなんて一介の高校生が言う言葉じゃないだろう。いったい何が彼女をそこまで駆り立てているのか、俺にはとてもじゃないがわからない。vol.01, l.0376
皮肉。八幡は雪乃が「救う」に固執する理由が解らない。しかし「救う」という言葉に雪乃を駆り立てる何かは、八幡が雪乃の前で結衣(の犬)を救ったこと。
「あなたたちは助けた助けられたの違いはあっても等しく被害者なのでしょう?」/「ちゃんと始めることだってできるわ。……あなたたちは」vol.03, l.2791
雪乃が「助けた・助けられた」の関係を重要視している傍証。さらには八幡と結衣がその関係にあった事が、雪乃が一線を引いた理由であったかもあったかも知れない。
「彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」vol.04, l.1595
雪乃は助けを求められない限り助けない。奉仕部の原則ではあり、雪乃の行動の原則。あるいは 救われたいという意思がある限りにおいては手を差し伸べる。それが雪ノ下の思う奉仕部の理念なのだろう。
vol.06.5, l.1847 。言い換えれば諦めている人間は救わない。
助けを求めていない雪乃を救おうとして失敗した葉山の轍を避けているかも知れない。
「実行委員長やることになったけどさ、こう自信がないっていうか……。だから、助けてほしいんだ」vol.06, l.0820
相模は明示的に助けを求める。八幡や結衣は雪乃の行動を不条理に思い、しかしそれでも雪乃は相模を助けようとする。
会議室の隅っこのほうでしょげ返っている相模南がいる。/なぜか平塚先生とめぐり先輩もいた。vol.06, l.0863
相模が奉仕部に助けを求めた理由は平塚の指示によるものだとする。かつ、平塚は相模が明示的に助けを求めれば雪乃は助けると知っていた、とする。
「もしゆきのんが困ってたら、助けてあげてね」vol.05, l.2147 /「ゆきのんが困ってたら助けること」vol.06, l.0986
メタではあるが結衣は正しい。雪乃を助ける事が、雪乃の攻略法である。
「人 〜よく見たら片方楽してる文化祭〜」/「却っ下」vol.06, l.2300
雪乃自身は助けを求めない。にも関わらず、八幡は雪乃を助ける。雪乃が奉仕部に隠した目的は達成される。すなわちこの「却っ下」が俺ガイルの第一部完、である。
「この私に、貸しを一つ作れる。」/「雪乃ちゃん、成長したのね」vol.06, l.3398
現在の雪乃は他人に頼る事ができて、しかしそれはかつて陽乃に依存した雪乃とは異なる、対等な関係として、という主張。
「今すぐは、難しいけれど。きっといつか、あなたを頼るわ。」vol.06, l.2215 /「あなたを頼らせてもらっても、いいかしら」vol.06, l.3439 /「頼ってもらって、構わない、から……」vol.06, l.3448
雪乃は結衣を対等な関係として頼れる様になったということ。
「……本当に、誰でも救ってしまうのね」vol.06, l.3827
「本当に、誰でも」
は 「それに、由比ヶ浜だから助けたわけじゃない」
/ 「俺が個人を特定して恩を売ったわけじゃない」
vol.03, l.2757 を引く。
雪乃の視点では、八幡が自身を救った理由について、それが雪乃だから、八幡が雪乃に好意を持つから、とは断言できない。雪乃の視点では、八幡にとっての雪乃は由比ヶ浜結衣、川崎沙希、鶴見留美、相模南等と同様であって、単に八幡の目前で困っていたから救われたに過ぎない、とも考えることができる。
あるいは 「深読みしすぎだ。そこまでは考えてやってない」
vol.06, l.3831 という八幡の応答はまちがっていた。例えば相模を探したのは雪乃の為だった、と答えれば良かった。
生徒会長戦で雪乃は八幡に頼らない形での解決を目指した。あるいは八幡を助けようとした。だがしかしその意思は八幡に挫かれる。
「もうあと一〇分、時間を稼ぐことができれば見つけられる?」vol.06, l.3347 /「わからん、としか言いようがないな」vol.06, l.3354 /「比企谷くん」/「よろしくね」vol.06, l.3452
文化祭編。相模の捜索について、雪乃は八幡に願いを言わない。
「まだ、何か?」/「いや、確認がしたかっただけだ」/「……そう」/雪ノ下は返事ともため息ともつかない声を漏らすvol.08, l.2684
雪乃は八幡に生徒会長選立候補の意図を話せない。聞いて欲しい。この話せない意図は「八幡に生徒会の一員になってほしい」である、とする。
「あなたの個人的な行動まで私がどうこうできるわけではないし、そんな資格もないもの。」/「私の許可が必要?」/「いいや、ただの確認だ」vol.09, l.2517
雪乃は八幡を手伝いたい。しかし雪乃は八幡を頼る事が出来ない。
であるから、雪乃は自身の願いを自虐的に、卑下するかの様に表現し、八幡はこれを裏返さずに理解する。「勘違いしないでよねあなたの為じゃないんだからね!」「そうか俺のためではないのか」という状況。
「……あなた一人の責任でそうなっているなら、あなた一人で解決するべき問題でしょう」/「……だな。悪い、忘れてくれ」vol.09, l.2983
雪乃は八幡を手伝いたい。しかし雪乃は4巻で示された原則の通り、「助けて欲しい」と言われなければ、助けられない。 問題を与えられなければ、理由を見つけることができなければ、動き出せない
vol.08, l.4089 。
「いつか、私を助けてね」vol.09, l.4194
脈絡なく唐突に現れる言葉である。ので、 「……本当に、誰でも救ってしまうのね」
vol.06, l.3827 を引く言葉である、とする。
すると、「いつか、私を助けてね」という表現は、誰彼問わず助ける(様に見えている)八幡に対して、いつか雪乃という個人をそう認識した上で助けて欲しい、という意味に取れる。
雪乃が「八幡に頼っても良い」と知った契機自体は 「なら、もう一度問い直すしかないわね」
vol.06, l.2375 として問い直した結果であろう。少なくとも 「今すぐは、難しいけれど。きっといつか、あなたを頼るわ。」
vol.06, l.2215 と 「あなたを頼らせてもらっても、いいかしら」
vol.06, l.3439 の間に起きた事である。
「あなたも私にないものを持っている。……ちっとも、似てなんかいなかったのね」vol.09, l.4252
「ないもの」とは、行動指針、アイデンティティ。雪乃のそれは「助けられたい」。八幡のそれは「本物が欲しい」。
この「本物が欲しい」に触れて、雪乃は八幡の「本物が欲しい」を助けようとする。がしかし、この言葉以降、雪乃は八幡の行動のミラーリングを始める。八幡に同調し海浜総合とのミーティングを壊す。
「気付いてないのか?」/「まぁ、わかってないならそれでもいいか……」vol.10, l.4160
葉山が指摘しているものは雪乃の八幡への依存、ミラーリング。
この時点で読者として気付き得るのは、海浜総合とのミーティングの破壊、八幡の 「俺のこの気遣いのおかげで平穏無事なんだから感謝してもらいたいもんだ」
vol.10, l.0573 に対する雪乃の 「気遣ってくれたことには感謝しているわ」
vol.10, l.4136 など。
バレンタインデーを、奉仕部の終焉を目前にして、しかし雪乃には、三人の関係を維持しつつ、嘘を吐かずに、チョコレートを渡す方法、が存在しない。これを八幡提案のお料理イベントという形で回避する事になる。 お料理イベント あるいは八幡案1 参照。
「……今だって、どう振る舞っていいかわかってないんでしょ?」vol.11, l.3087
八幡に頼る形で一旦は回避したが、しかし陽乃は、雪乃が八幡に頼っている事を再度指摘する。
海浜公園にて、八幡は雪乃に三人の関係の解決を強要する。雪乃案は「雪乃が身を引く、結衣と八幡を仲良くさせる」。
雪乃は、自身が家業継承を諦められれば、八幡も諦められる、と考える。であるから、雪乃は、いろはのプロム依頼に便乗して、自身の依存癖の解消を雪ノ下母に示す事で、雪ノ下母に家業継承の話題を切りだそう、そうして断られ諦めよう、とした。
「それに、由比ヶ浜さんにも手伝ってもらえたから」/「本当に助かったわ。ありがとう……」/その微笑みは夢見るように穏やかで、晴れ晴れとした印象を受けた。vol.12, l.2234
八幡より先に結衣は雪乃を手伝い、雪乃はそれに感謝する。結衣は八幡より先に 「もしゆきのんが困ってたら、助けてあげてね」
vol.05, l.2147 / 「ゆきのんが困ってたら助けること」
vol.06, l.0986 をクリアする。
雪乃はプロムを通じて雪ノ下母に自立を示そうとする。しかし八幡はその雪乃に干渉した。 「いつか私を助けてね」
vol.09, l.4194 という言葉を引用し、八幡は 「いつか助けると約束したから」
vol.12, l.4625 として。これがまちがっている。
「だから……。俺は、お前を……助けたいと思ってる」/「ありがとう。でも、もういいの。……それだけで充分よ」vol.13, l.0936
雪乃曰く「もういいの」。かつては助けられたかった、しかし今ではない。
拒絶の為の沈黙ではなく、次に進むための空白なのだと俺には感じられた。/「これで…‥」vol.13, l.0997 /「これで最後だから。……これでちゃんと終わりにできる」vol.13, l.1081
八幡は、雪乃の自立の意思を反故にする形で、雪乃を助ける事を宣言してしまった。
八幡が雪乃に対立を宣言した時点で、雪乃は八幡の成功を疑わない自身を発見し、自身が自立できていない、と考えた。雪乃が八幡に依存し続けるままなら、雪乃は八幡を諦められず、八幡が本物を得ることも、結衣が八幡と仲良くなることも叶わない。
「あなたに助けてもらえた。」/「 だから、この勝負も、この関係も……、これで終わりにしましょう。」vol.13, l.4522
であるから、雪乃は、自身の当初の奉仕部の意図に立ち戻り、「終わりにしましょう」、と訴えた。
「けど、もう……大丈夫。これからは一人で、もっとちゃんとうまくやれるように頑張るから」/「だから……」/言葉の続きはついぞ聞こえはしなかったが、どんなことを口にしようとしたのかはおおよそ理解できていた。vol.14, l.3583
難聴鈍感系主人公の典型的な状況である。しかし八幡は「なんだって?」とは問わず、これを「終わりにする」だと推測する。
しかし八幡は理解できていなかった、とする。つまり、ここで雪乃は「だから、助けて」と言えた、とする。 「いつか、私を助けてね」
vol.09, l.4194 の「いつか」は、この奉仕部を終える瞬間だった、とする。
すると、俺ガイルにおける雪乃の物語が成立する。これまで雪乃は 「一人でできる、あなたには頼らない……助けはいらない」
vol.13, l.3082 として誰にも頼らなかった、 「誰かに頼ってもいいって、そんなことも知らなかった」
vol.13, l.4514 。雪乃はその恋の終わりに至り漸く「助けて」と八幡に願いを告げることができて、しかし八幡は 「わかってる」
vol.14, l.3590 というまちがえた一言でその指を引き剝した、のである。
しかし八幡は雪乃の葛藤を踏み躙る。
「お前が無理にやる必要はない」/「無理を承知で頼む、俺を助けてくれ。」vol.14, l.4913
八幡は雪乃に直接に「助けて欲しい」と訴える。
八幡は、雪乃を助けるべきではない時に助け、しかし助けるべき時に助けなかった。八幡は、雪乃に、八幡のみならず家業承継をも諦めさせてしまった。しかし、八幡はまちがえた果てにそれでも行動した。それ故に、雪乃は八幡のみならず家業承継をも手に入れた、救われた。これが雪乃側のエンディングである。