「人の気持ち、もっと考えてよ……」

「人の気持ち、もっと考えてよ……」

「人の気持ち、もっと考えてよ……」vol.07, l.3128

嘘告白の後、結衣は 「こっちから行くの」vol.06, l.2884 以降のスキンシップを止め、雪乃は八幡を「変わらないと、そう言うのね」vol.07, l.0408 と咎める。

なぜならば、八幡の嘘告白は、八幡が奉仕部の人間関係を変化させたくないという表明、を意味し、結衣はその選択を理解し同調し自身の好意の表明を自粛する、から。本稿はこれを説明する。

結衣は八幡にアプローチし、八幡はその好意を受け入れた。

「待たないで、……こっちから行くの」vol.06, l.2883

これ以降、結衣は八幡へのアプローチを始める。

など。八幡曰く、 まったくほんとに効くから困るvol.07, l.2445

だから、もう一歩くらいは、踏み込んでも、いいのだろうか。vol.06, l.2946

これ以降、八幡は結衣の好意の表明を否定しなくなる。

だいたいそれで飲んだら味とかわかんなくなっちゃうだろうが。vol.07, l.1786

間接キスを気にしている事を認める表現。

例えば文化祭以前であれば、この動揺自体を自意識過剰によるものだとして考えない様にしていた。

葉山らの関係は奉仕部の関係と相似し、かつ葉山も八幡をそれを変えたくない。

「なら、君はどうなんだ。君なら、どうする。」 / 俺の話なんて本当にどうでもいい話で、本当にどうしようもない話だ。vol.07, l.2935

「俺の話」とは八幡と結衣と雪乃の三角関係のこと。つまり葉山は、戸部から海老名への告白を、結衣から八幡への告白の対策に擬えている。

結衣は八幡に積極的にアプローチしている。しかし結衣が八幡に告白すれば、八幡がその告白を受諾しようが拒否しようが、結果として結衣、雪乃、八幡の三人の関係は壊れる。葉山は八幡にその結衣への対策を問うている。

俺と葉山は違う。戸部とだってもちろん違う。vol.07, l.2936

つまり八幡と海老名は違わない。告白を受ける側。

変わりたくないという、その気持ち。 / それだけは理解できた。 / 理解してしまった。vol.07, l.2941

戸部が海老名に告白すれば葉山らの人間関係は壊れる。葉山はこれを懸念し「変えたくない」とする。

結衣が八幡に告白すれば奉仕部の人間関係は壊れる。よって八幡は奉仕部を失いたくない、変えたくない、という気持ちを理解した。

お互い様だよ、馬鹿野郎。vol.07, l.2972

そうして八幡は葉山の問題にかこつけて自身の問題を解決する。葉山らの「変えたくない」という願いに乗じて奉仕部を「変えたくない」という願いを叶えようとする。

八幡にとって嘘告白は結衣の告白を封じる手段である。

比企谷八幡は選べない。そもそもの選択肢がなくて、一つの行動しかとれないから。vol.07, l.2967

八幡の立場では、奉仕部を壊さない為の手段は、結衣に告白させない、しかない。

八幡は雪乃を選べない。雪乃は 「ちゃんと始めることだってできるわ。……あなたたちは」vol.03, l.2794 の時点で既に八幡への好意を諦めていて、八幡は あのとき、彼女は確かに一線を引いたはずだvol.05, l.0260 としてこれに気付いている。

誰かに惹かれても引かれても強がることしかできない者への鎮魂歌だ。vol.07, l.2975

雪乃に惹かれても、一線を引かれても。

憐れまれることより、怒りを向けられるより、そうやって微笑まれることが何よりも堪えた。vol.07, l.3111

八幡を憐れんだのは葉山。怒ったのは雪乃。嘘告白は葉山や雪乃より結衣に対する行為であるということ。

今から俺が歩み出しても、追いつけない。vol.07, l.3098 / 追えるわけがない。vol.07, l.3136

対比。八幡は雪乃は追いつけない、結衣は追えるわけがない、とする。同じく嘘告白は結衣に対する行為であるということ。

「結衣さんと雪乃さんと……、何かあった?」 / 「前もそんなことあったよね?」 / 小町が言っているのはおそらく六月頃のことだろう。vol.08, l.0112

六月頃のこととは 「気にして優しくしてんなら、そんなのはやめろ」vol.02, l.3012 として結衣の好意を拒絶した直後。 小町は八幡にそれと同様の変化を見出す。つまり嘘告白が結衣の好意を拒絶する行為であるということ。

「何考えてるのかよくわかんなくなっちゃった」 / 「何を考えているかなんて私たちにはわからないわ」 / 由比ヶ浜を痛ましそうに見つめて、雪ノ下はvol.08, l.0389

雪乃は八幡の嘘告白について、その意図はどうあれ結衣を拒否する行為であることを把握している。

だから、あの時の俺の行動を責められる人間はいない。 / ただ、雪ノ下雪乃を除いては。vol.08, l.1577

「あの時の俺の行動」とは嘘告白。嘘告白が、結衣の告白を阻止し、奉仕部を延命させる意図を持っていたこと、の傍証。雪乃は既に一歩引き結衣を八幡に譲っている為に、結衣の告白阻止よりも奉仕部の延命を優先した八幡を責める道理を持つ、ということ。

俺は守ったのではなく、守った気になって、縋っていたのだ。vol.09, l.2573

つまり嘘告白の意図は雪乃ルートの可能性に縋ることだった、という理解も可能ではある。曲解が過ぎるかも知れない。

結衣はその八幡の嘘告白に同調する。

「俺たちも普通にしてやるのが一番なんじゃねぇの」vol.08, l.0396 / 「あたしたちも普通に……、うん……」vol.07, l.0400

結衣は八幡のその嘘告白の意図を理解し同調する。

こうなってるのってヒッキーだけが悪いんじゃなくて、あたしも、そうだし……vol.09, l.3005

あるいはその同調がクリスマスイベントまで続く奉仕部の鬱屈を起こしたことも理解している。

しかし八幡は故意に結衣の感情を考えない。

「人の気持ち、もっと考えてよ……」 / 「なんで、いろんなことがわかるのに、それがわかんないの?」 / わかってる。変わったら、戻れないってことだけは。vol.07, l.3127

八幡が、結衣の気持ちを考える事を拒否した上で、結衣に告白させてしまえば、雪乃の気持ちを考えれば、三人の関係性は変わってしまい戻れない、ことはわかってる、ということ。

「私、ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね」vol.07, l.3180

海老名は 誰も理解できないし、理解されたくもないvol.07, l.3175 から、誰とも うまく付き合っていけない 。八幡は相手を 理解することを諦めるvol.05, l.2260 から、海老名と八幡は、うまく付き合っていける。

あるいはさらに、八幡は嘘告白という行為に及んだ理由を 理解も、共感もできるはずがないvol.08, l.2961 としている。しかし海老名はその八幡の「理解されたくもない」に近い思考を察している、から。

「私、腐ってるから」 / 誰かの言い訳にそっくりだった。vol.07, l.3173

「ぼっちだから」「選択肢がない」は「腐ってるから」と同程度の言い訳に過ぎないということ。

海老名は「腐ってるから」を理由に戸部の好意を受け入れない。

八幡は「ぼっちだから」を言い訳に他人の行為を信じないとして結衣の好意を拒否してきたし、選択肢がないとして結衣の好意を拒否した。

けれど、一番の大嘘つきは俺だった。vol.07, l.3200

一義的には、八幡は結衣を好きであって、しかし嘘告白は結衣の好意の表明を抑止するためのものだということ。

奉仕部の維持の為に結衣の好意の表明を封じた事はまちがっていた。

八幡が嘘告白という手段を取った結果として、その後奉仕部は鬱屈する。

あのとき、俺は一つの嘘をついた。変えたくない、終わりたくないというその願いを、嘘で歪めた。vol.09, l.2563 / だから、信条を歪めて自分に嘘をついた。vol.09, l.2571

「あのとき」は嘘告白。

「信条」とは 「それで壊れる関係なら、もともとその程度のもんなんじゃねぇの」vol.07, l.2901

「嘘」とは、葉山の 本当に大事だと思うのなら失わない為の努力をするべきだvol.07, l.2929 という主張を受けて、 大事なものは替えが効かない。かけがえのないものは失ったら二度と手に入らない。vol.07, l.2945 から、 踏み出さないのが正解でもいい。ダラダラとぬるま湯に浸かっていてもいい。vol.07, l.2947 という理屈を展開すること。

つまり、「奉仕部を変えたくない、終わりたくない」という願いを叶える為に嘘告白したが、その時の理屈の展開をまちがえていた、という自省。

正答は「結衣を傷つける覚悟をすること」

クリスマスイベントで破綻した後の平塚が八幡の嘘告白の理屈を否定する。

「誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすることだよ」vol.09, l.2789

本当に大事だと思うのなら失わない為の努力をするべきだvol.07, l.2929 がまちがっている、という指摘。

「君たちにとっては、今この時間がすべてのように感じるだろう。だが、けしてそんなことはない。どこかで帳尻は合わせられる。世界はそういうふうに出来ている」vol.09, l.2817

大事なものは替えが効かない。かけがえのないものは失ったら二度と手に入らない。vol.07, l.2945 はまちがっている、という指摘。

「でも、今しかできないこと、ここにしかないものもある。今だよ、比企谷。……今なんだ」vol.09, l.2827

踏み出さないのが正解でもいい。ダラダラとぬるま湯に浸かっていてもいい。vol.07, l.2947 はまちがっている、という指摘。

「気付いてたんなら覚悟が足りなかっただけなんじゃねえの」vol.09, l.4365

「誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすることだよ」vol.09, l.2789 についての八幡の理解。葉山がいろはの好意に気付いていて、それでもいろはと共にいるなら、その好意を拒否する覚悟を持っておくべきだ、ということ。

下世話に言えば八幡は「八幡は奉仕部を大切に思うのだから、八幡は結衣に告白されても断るなりキープするなりする覚悟を持っておくべきだった」と考えている、ということ。