やがて彼の青春ラブコメはまちがえるだろう。
「言ったじゃないですか。料理、得意だって」vol.A4, l.3762
「いろは先輩はカスや……」
vol.A4, l.3288 、 「料理は愛情ですから」
、 「愛がないとカスですよ、カス」
vol.A4, l.3308 、に従って翻訳すれば、「いろはには愛がある」となる。
渡航氏によるアンソロジー各編は雪乃・結衣・いろはの恋愛観や恋愛スキルを比較可能な形で対比する。むしろ今後のラブコメ化に向けてキャラクターを再定義している様にさえ見える。
本編中で双方向の恋愛の駆け引きが描かれた箇所は、14巻後半を除けば、11巻のお料理イベントのみであった。このシーンはラブコメのテンプレであって、ラブコメの不文律に従って、雪乃と結衣といろはで、性格や行動こそ異なれ、恋愛スキルのレベルがほぼ一定である。三人ともが八幡と同じ精神年齢で燥ぎ、同じ精神年齢で嫉妬する。八幡あるいは読者は三人の行動理由を齟齬なく理解できる。
一方で、アンソロジー内では、雪乃、結衣、いろはの恋愛スキルが著しく異なる。
雪乃の恋愛スキルは 面倒だって思われたり、重いって思われたら、……困る
vol.A1, l.3466 レベルである。雪乃母も情緒ではなく理詰めの方法を語る。一対一であるか、たかだか競合する事しか想定していない。実世界であれば小中学生レベルと言って差し支えない。
結衣は 「バレないくらい少しずつ少しずつだんだん甘くしていくの〜」
vol.A4, l.3406 が相当しよう。集団で行動することを前提として、その集団を壊さないまま埋伏し、やがて情緒ないし胃袋で絡め取る。大学サークル等で有効な手管だろう。 「じゃあ、毎日行くね!」
/ 「だって心配だし!」
vol.A4, l.3326 という結衣は、八幡と雪乃を邪魔しようとしているのではなく、二人に混ざろうとしている。 「ヒッキーとゆきのんがいるところにあたしもいたいって思う」
vol.14, l.4324 が示す通りに。
いろはの告白はスマートで洗練されている。二人の関係を周囲に感知されない為の手段であって、上司と部下あるいはもはや既婚者同士のそれである。そもそも 「邪魔するのもあれかなーと。せめて言い訳くらいあげたほうがいいかなと思いまして」
vol.A4, l.3448 など完全に愛人としてのセリフである。
この種のキャラクターの再設定は6巻から7巻にかけても行われた。その前後で主題が八幡による問題解決から八幡や雪乃の成長に変わった。これと同種のキャラクター設定の追加が14巻からアンソロジーでも起きた様に見える。
省みれば、 「ゆきのんの気持ちごと、全部貰う」
/ 「あたしの気持ちも全部貰って?」
vol.14, l.2039 というやり取りは、 「ゆきのんの気持ち、教えて」
vol.14, l.2049 などの小学生レベルの雪乃と結衣の友情を、恋人を友人間で共有するという、高校生大学生レベルの、つまりは結衣の得意分野に持ち込む契約であった。あるいは 「既成事実を作ればこっちのもんです。責任お化けですからあれは」
vol.14, l.6073 や 「彼女がいる人好きになっちゃいけないなんて法律ありましたっけ?」
vol.14, l.6136 は、中高生レベルの読者を想定するという青春ラブコメ・ライトノベルの不文律、先入観、倫理観、等々の枷を破壊する言葉であった。
お料理イベントではほぼ同等であった雪乃と結衣といろはの恋愛スキルは、しかし今や重なりつつも明確に異なる。あるいはかつて八幡がまちがっていた「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」は、今や、雪乃と結衣といろはの恋愛観や倫理観がまちがっている。この新設定の考察が正しく、かつ機能するのなら、八幡は気付かぬまま結衣に絡め取られる。いろはは雪乃や結衣に気付かれぬまま八幡に接触する。そしてこの多層性は三竦み、あるいは暗躍する小町を交えてさらに三国鼎立の関係を作り出せる。
アンソロジーは、結衣やいろはが雪乃の前で行動したから典型的なラブコメとして描かれた、に過ぎない。さらには、 やましいこともなければ、思い当たる節も、心当たりもないのだが
vol.A2, l.3044 、 はははは待ってマジで何の話?
vol.A2, l.3060 として、結衣もいろはも、八幡に気付かれぬ形で八幡にアプローチをかけている形跡もある。
従って、今後描かれる新奉仕部の姿は、決して通常あるいは凡百のラブコメなどではない、のだろう。結衣は雪乃を巻き込む形で積極的に八幡にアプローチするのだろう。いろはは結衣や雪乃に見つからない形で八幡にアプローチしてもよい。雪乃はおそらくそれらに抗う術を持たず、八幡に対して何らかの行動を起こすのだろう。であればその中で八幡はどう行動する、だろうか。
小学館に感謝しつつ敬意を払いつつ言い換えれば雪乃は少年サンデーで王道ラブコメのヒロインやってて結衣は月刊フラワーズで頭脳戦心理戦神経戦な群像劇やってていろははスピリッツで奔放に不倫してる感じ。雪乃は対個人近接戦型で結衣は乱戦暗殺型でいろはは狙撃型。混ぜるな危険感すごくない?
本稿は2020年4月、アンソロジー出版後俺ガイル新刊行前の執筆である。その後の刊行物を踏まえた再考察はしていない。