05巻 花火大会
8月。 八幡は雪乃が交通事故の当事者である事を知る。それが雪乃の過去の発言と矛盾すると誤解し、それに失望する自身を嫌悪する。
「人を(雪乃を)知っているとはどういうことが」が6巻までのテーマの一つである。その表現として、5巻では多数のキャラクターによる雪乃像を集める一方で、雪乃自身はほぼ登場しない。 いったい何をもって、『知る』と呼ぶべきなのか
vol.05, l.0208 で問われ、 何を持って、知ると呼ぶべきか。理解していなかった
vol.06, l.4182 で回収される。
一方で八幡自身が持つ雪乃像が 雪ノ下雪乃ですら嘘をつく。
vol.05, l.2444 として揺らぐ。
八幡は結衣に好意を持たれている。八幡はその結衣の「困ってる人を助ける」という八幡像の押し付けを拒否する。しかし八幡は雪乃に自身の憧れ、孤高を押し付けていた。
八幡はその自身の雪乃像の押し付け、雪乃像の揺らぎについて、自省するのみで、改めて雪乃を知ろうとはしない。八幡が雪乃を好きでいる為には、雪乃を孤高に保たねばならない、八幡は雪乃を知ってはならない、から。 八幡は雪乃に憧れ、故に雪乃を愛さない 参照。
結衣がサブレを比企谷宅に預ける。雪乃は結衣を避けている。八幡は雪乃を知らない。八幡の高校初日の交通事故で、雪ノ下家が加害者、八幡と結衣が被害者。
その程度で人を知った気になってはいけない。vol.05, l.0206
本編中ここまでに散在する雪乃のキャラクター描写は表層に留められている。雪乃の思考や行動を規定・推定できる種のものではない。雪乃の描写は故意に抑えられている。八幡が雪乃を理解しまいとしている描写だろう。
具体的には、雪乃の描写は、負けず嫌い、ドリンクバー・レまむら・クレーンゲーム・大富豪等を知らない、猫好き、家庭や姉妹に問題を抱える、一人暮らし、フォーマルを持つ、親が県議会議員、方向音痴、幽霊が嫌い、パンダのパンさんが好き、など。
一方、雪乃の行動を規定する程の重要な要素である、雪乃の家庭の事情の詳細、依存癖、奉仕部にいる理由、等がこの時点で判明していない。
あのとき、彼女は確かに一線を引いたはずだvol.05, l.0272
「あのとき」とは、 「ちゃんと始めることだってできるわ。......あなたたちは」
/ そう言った雪ノ下は穏やかな、けれど、少し寂しげな笑顔を浮かべる。
vol.03, l.2940
予備校の講習。スカラシップを取得した川崎沙希と同授業。
沙希は八幡と大志を引き合わせる。沙希の雪乃評、近づきづらい。大志の雪乃評、なんか怖い。八幡は大志に高校受験について「動機を持て」と言う。八幡は知人がいないこと、小町は八幡がいるから、沙希は学費と進学実績。
戸塚と合流、映画を見る事に。
材木座合流。映画の感想。戸塚の雪乃評、「真面目で真剣だから怖い」。材木座の雪乃評、「正直すぎて怖い」。レヴィナス的他者論。ミニ四駆。
結婚式から逃げる平塚と合流、ラーメン。
平塚は八幡の潔癖をコールバーグ的発達論で評する。平塚曰く雪ノ下家は花火大会に来る。平塚や友人達は陽乃の外面に気付く。平塚の陽乃評、「外面を含めてカリスマ」、雪乃評、「優しくて正しい」。雪乃も八幡もそれを伸ばせばいい。
「一応褒めている。己の中できちんと判断基準を育んでいるのはいいことだ」vol.05, l.1121
概ねコールバーグの道徳性発達理論。多くの人間は「行列があるから並ぶ」「行列は嫌いだから並ばない」程度で止まる。八幡の「ちゃんとしてるから」は慣習や法に拠らず行列の価値を自身で判断するということ。コールバーグの言うところでこの水準に至る大人は2割。但し発達や学歴等の属性に関わらず公衆道徳に興味を持つ人間が2割だという反論もある。
「外面だと気づいた人間はその腹黒さ、強かさを好ましく思い始める」vol.05, l.1173
陽乃の外面は身近な人間には見抜かれている。
「優しくて正しいところさ」/「君も優しくて正しい」vol.05, l.1195
意味不明。
平塚、八幡の潔癖について「いつか許せるときがくる」。平塚はキュウリトマト嫌い、八幡はキュウリ嫌い。卒業後にラーメン屋に行く約束。
「君の潔癖の話さ」/「いつか許せるときがくると思うぞ」vol.05, l.1242
八幡の自意識過剰のこと。あるいは言葉を変えれば 違和感
vol.11, l.2536 。
サブレと八幡と小町で散歩。八幡には独り立ち願望はない。小町の雪乃評、「残される側だって、寂しい」。
いつかのいつか、それこそずいぶんと前に感じられるが、そんな問答をしたことがあった。vol.05, l.1406
「本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ」
vol.01, l.0392 。
「残される側だって、寂しいって感じると思う」vol.05, l.1485
カマクラの鳴き声のネコリンガル表示。「寂しい」。
「残される側」とはあるいはさらに雪乃。 「ちゃんと始めることだってできるわ。......あなたたちは」
vol.03, l.2939 として 送りだし残った側
vol.05, l.2347 。
結衣がサブレを引き取りに来る。結衣は八幡を花火大会に誘い、八幡は小町に縋り、小町は逃げる。
「地域限定なんだよ!」/「俺の下駄箱にこういう地域限定お菓子のゴミが入れられていてな......。」vol.05, l.1518
八幡は話の腰を折る。
「花火大会、一緒に行かない?」/
「だってよ、小町。行こうぜ」vol.05, l.1564
けど、きっとそうはならない。vol.05, l.1714
等と合わせ、結衣から距離を保とうとしている。
サブレ返却後。カマクラも寂しい。
学校最寄り駅で結衣と待ち合わせ、花火大会会場へ。八幡は結衣に好意を持たない様にしている。
「味気とかいらんでしょ、海苔じゃないんだから」/「なんか文句あるの?」/怒られてしまった......vol.05, l.1687
結衣と八幡とでコミュニケーションのあり方が相当に異なるということ。
八幡のノリボケに結衣は対応しない。他にも 「俺が並の人間だったら今頃世界は終わってるまである。」
/ 「並の人間世界滅ぼせないし!」
vol.05, l.1899 など。
逆に 同じこと考えてたね
は互いの距離を確認し詰める言葉、であるのに対して、八幡はそれを 死ぬほどどうでもいい
/ こっちにも伝染る
と忌避している。
小町が用意した言い訳に従って屋台で買い物。相模南が登場、スクールカーストに従い八幡と同行する結衣を嗤う。
さすがにこんだけお膳立てされて何もわからないほど鈍感じゃない。vol.05, l.1751
「結衣さんなら安心して任せられるかな 」
/ 「ああ、サブレの話か」
/ 「何の話してたの?」
vol.05, l.1604 と矛盾する。このやり取りで気付いたのかこのやり取りが韜晦なのかは不明。
「ヒッキーって、気、使えるんだ」vol.05, l.1891
そう思われる程度には八幡の結衣の扱いは酷い。 「何から食べる?りんご飴?」
/ 「それリストにねぇだろ」
vol.05, l.1766 , 「これPS3当たるよ!」
/ 「いや、当たんねぇから」
vol.05, l.1773 , 「ね、どれにする?」
/ 「中身はどれも同じだろ」
vol.05, l.1787
陽乃は父の代理、雪乃は家。陽乃による自己紹介、雪ノ下家評、雪乃評「あんな可愛い子」。真偽不明。陽乃の失言により八幡は雪乃が八幡の交通事故の関係者であることを知る。
「なにヶ浜ちゃんだったっけ?」/この些細な言い間違いにすら何か意図がある気がしてならない。vol.05, l.1990
陽乃は相手の名を覚えていないと宣言して優位に立つ。相模に対して 「ま、いいや。委員長ちゃんね」
vol.06, l.1430 。八幡には 「比企谷くんね。うん、よろしくね」
vol.03, l.1689 。
「高校入学してから一人暮らししたいって言い出したのは」/「父が喜んじゃってあのマンション与えたの」vol.05, l.2026
雪乃父の視点では雪乃の一人暮らしは雪ノ下父が勧めた。曰く、(交通事故の後処理や陽乃など) それらから遠ざける意味もあって、彼女に一人暮らしを勧めた
vol.A1, l.3377 。陽乃の言は信用ならない。
「まだ一九歳。わたし、誕生日遅いんだ。」vol.05, l.2074
陽乃の誕生日は 7月7日
vol.06, l.2115 。8月中旬の時点で既に20歳。陽乃の言は信用ならない。
雪乃の一人暮らしの経緯、マンション購入の経緯、自身の誕生日、進学先を選んだ経緯、など、多数の矛盾がこの陽乃の1エピソードに含まれる。偶然がこれだけ重なるとは考えにくく、作者による設定の見過ごし等による偶然ではなく、陽乃の言は信用ならないとする伏線、だろう。
「本当はもうちょっと上行きたかったんだけど親に言われてねー」vol.05, l.2088
総武高校は 県下有数の進学校
vol.02, l.0523 であり、かつ陽乃の成績は 優秀だった
vol.05, l.1163 。つまり東大理科一類に入れる成績を持つが千葉大学に進学させられたということ。
理由は不明ではあるが不可解ではない。家業を承継するならば駒場の二年間は不要ではあろうし、あるいは千葉から駒場への通学は片道2時間である。家業承継する娘に一人暮らしは許せないのかも知れない。あるいはそもそも陽乃の言は全く信用ならない。
「わたしは雪乃ちゃんのこと大好きだよ」vol.05, l.2108
陽乃は雪乃に嫌われていることを自覚しているということ。
「そうやって変に悟って諦めているところ」vol.05, l.2144
陽乃の他人評はほぼ全て陽乃のこと。 「本物なんて、あるのかな......」
vol.10, l.4510 、 「そうやってたくさん諦めて大人になっていくもんよ」
vol.12, l.1112
陽乃さんも笑いを引っ込める。/申し訳無さそうな声。/取り繕うように言い添える。/ほっとしたような表情を見せる。vol.05, l.2190
「雪乃は八幡と結衣を巻き込んだ交通事故の当事者である」と陽乃が漏らした事は、故意であるとは読み得ない。俺ガイルでは、八幡は正しく観測し、思考でのみまちがえる。
陽乃の雪ノ下家評を受けて、八幡らは雪乃が八幡の事故を黙していた理由を察する。八幡は雪乃を知らなくていい、結衣は知りたい。結衣「ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね」。結衣は、かつて八幡に本物ではないとされた自身の好意について、交通事故が無くともそう収束していたとして八幡に告白寸前に至り、しかし八幡は回避する。
家のことについちゃ余人がどうこういうもんじゃないだろう。/事故のこともあいつの家のことも知らぬ存ぜぬでいいんじゃねぇのvol.05, l.2239
プロム編で問われる、八幡の雪ノ下家に対する基本的なスタンス。結衣の 「お互いよく知って、もっと仲良くなりたい。」
との対比。
「もし、ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね」vol.05, l.2257
結衣は概ね正しい。これが雪乃の攻略法だとする。
「お前だって知ってて助けたわけじゃない。だから別にお前を助けてない」vol.05, l.2251
「俺が個人を特定して恩を売ったわけじゃないんだから、お前が個人を特定して恩を返す必要ないんだよ。」
vol.03, l.2899 の反復。
「携帯、いいのか」/彼女の言葉の続きを押し留めた。vol.05, l.2298
八幡は故意に結衣に告白させなかった。
逸した視線は、いずれ前へ戻さなければならない。vol.05, l.2315
比喩。告白寸前に至る結衣を「逸した」と表現している。そして視線を前へ戻した次章からは雪乃を語っている。
雪乃評まとめ。八幡は結衣からの八幡像の押し付けを拒否した。にもかかわらず八幡は雪乃に「理解されないことを嘆かず、理解することを諦める」という自身の理想を押し付けていた。八幡は鈍感なのではなく、自身の自意識に従い、雪乃を理解しようとしないし、知りたいと思わない様にしたまま、雪乃に憧れていた。
孤高を貫き、己が正義を貫き、理解されないことを嘆かず、理解することを諦める。その完璧な超人性vol.05, l.2378
ニーチェの「超人」像。
八幡は、「雪ノ下雪乃ですら嘘をつく」と考え、雪乃に「自らに嘘をつかない」と期待して失望した自己を嫌悪する。
自分で自分を認められる/俺が神だったのか。/(世間では哲学といいます)vol.05, l.2414
存在と認識の分離、神を介する幸福。デカルト、カントからスピノザに至るまで。
「姉さんと、会ったのね」/「ああ、たまたまな」vol.05, l.2428
雪乃は、交通事故について黙していた事を引け目に思い、 接し方がわからないがゆえの距離感と警戒心
vol.05, l.0268 を持っている。
雪ノ下雪乃ですら嘘をつく。 そんなことは当たり前なのに、そのことを許容できない自分が、俺は嫌いだ。vol.05, l.2444
他方、八幡は、「雪乃は嘘を吐かない」と理想を押し付けていた自己嫌悪により、雪乃を避けている。
八幡はかつて 勝手に期待して勝手に失望するのはもうやめた
vol.03, l.2930 、 勘違いも思い違いも思い込みももうしない。
vol.05, l.1714 として、結衣の好意、優しさ、を信じなかった。であるにもかかわらず、雪乃に対しては、勝手に期待して勝手に失望することを繰り返してしまった。
なお八幡が考えるところの雪乃が吐いた嘘とは 「あなたのことなんて知らなかったもの」
vol.01, l.0887 であり、八幡はこの言葉を誤解していた。 「雪ノ下雪乃ですら嘘をつく。」はまちがっている。 参照。