雪乃案2 「ちゃんと始められると思うから」
「私が自分でうまくできることを、証明したい。そうすれば、ちゃんと始められると思うから」vol.12, l.0561
読者への挑戦状。雪乃が自分で(何を)証明できれば、(何を)始められるか。
あるいはこのシーンはたかだか「家業承継を諦める」と訴える場としては不自然に深刻である。それは何故か。
「私が自分でうまく(家業承継の諦めを)できることを、証明したい。」vol.12, l.0561
「そうすれば、(八幡への好意も諦められるだろうから、)」
「(三人の関係を、八幡が結衣と交際する形で、)ちゃんと始められる、と思うから。」
「たぶんきちんとした答えを出すのが怖くて、確かめることをしなかったの」/「誰かに言われたからとかではなく、ちゃんと自分で考えて納得して、……諦めたい」vol.12, l.0534
で省略された目的語は当然ながら家業承継を指す。がしかし、この文章は、さらには後続する多くの文章で、目的語を八幡と取ることができて、
たぶんきちんとした答えを出すのが怖くて、確かめることをしなかった。
誰かに言われた理由ではなく、ちゃんと自分で考えて納得して、
諦めたい
とのダブルミーニングとなっている。
「どんなに時間が経っても、諦めきれていないから……だから、たぶんこれは私の本音なんだと思う」vol.12, l.0569
同様に、不自然に省略された目的語は、そこに「八幡」を当てはめても意味が通じる。偶然ではありえない程に。
「私が自分でうまくできることを、証明したい。」
10巻以降の奉仕部は来年ないし卒業後に向けて「三人で仲良くしたい」を実現しようとしている。 三学期編概要 参照。
雪乃は当初結衣案の「3人ともが好意を表明しない」に同調しようとした。しかし八幡は 「雪ノ下の問題は、雪ノ下自身が解決すべきだ」
vol.11, l.3987 として、雪乃の問題としてかつ自力で解決する様に導いた。そうして 「私が自分でうまくできることを、証明したい。」
という依頼に至る。
であるから「私が自分でうまくできることを、証明したい。」は「三人で仲良くしたい」に至る為の雪乃の案である。同じく「ちゃんと始められる」という状態は「三人で仲良く」に等しい、
しかし「うまくできる」を「雪乃が家業承継を諦める」だとすると、これは三人の関係の維持に対してなんら寄与しない。であるから家業承継を諦める事自体は依頼の本質ではない。
「ちゃんと始められると思うから」
「雪乃は八幡への好意を諦めて八幡を結衣に譲る」の意である。
「ちゃんと始められる」は 「終わったならまた始めればいいじゃない。」
... 「ちゃんと始めることだってできるわ。……あなたたちは」
vol.03, l.2794 を引く。この台詞は八幡に対して結衣への隔意の克服を促している。かつ「あなたたち」という表現で雪乃自身を除外し、雪乃は八幡への好意を始めない、の意である。これを引用する。
「これは……せめて、これだけはちゃんと言葉にして、納得できるようにしたい」vol.12, l.0822
「せめて、これだけは」。ちゃんと言葉にしない別の何かがあるということ。そして家業継承の意思は言葉にした。八幡への好意は言葉にしない。
どれだけ時が経っても変わらないのなら、どれほど捨て置いても色褪せないのなら、それを本物と呼ぶことに抵抗はない。
八幡も雪乃が自身を諦める事を理解している。
「それは間違いではないと思うのだけれど」/「いいんじゃねぇの、やってみたら」vol.12, l.0569
すなわちこの合意が雪乃と八幡の別れの言葉である。
「それも、答えだと思うから」/由比ヶ浜はすっと視線を外し、足元に目を向けた。そして、確かめるように何度もゆっくり頷いた。vol.12, l.0548
結衣は雪乃の選択について自身を納得させている。
昔はちゃんとやりたいこと、やりたかったことがあったのよvol.12, l.0475 /「どんなに時間が経っても、諦めきれていないから」vol.12, l.0569
1巻1章末挿絵の卒業アルバムでの将来の夢は 父の地盤を引き継いで立候補
vol.01, l.3415 であった。本編開始時点では 志望としては国公立理系
vol.02, l.0539 、 どこかシンクタンクか、研究開発職かしら。
vol.02, l.0851 としている。この変化を指すだろう。
すなわち雪乃が家業承継を諦めた時期は中学卒業後から本編開始までの一年余の間である。「昔」は中学生頃、「どんなに時間が経っても」は1〜2年。
家業承継は陽乃にとっては 「聞きたい話」
vol.12, l.0806 ではない。雪乃自身も 「なんだか取り留めのない話」
vol.12, l.0940 と評する。
かつ、「私が自分でうまくできることを証明したい。」の目的語が家業承継だけではない事の傍証でもある。この章、つまり陽乃との会話では、陽乃も八幡も雪乃も目的語を省略し、かつ家業の承継ではなく「八幡」を当てはめても意味が通じる。
「由比ヶ浜さんのお願いを叶えてあげて」vol.13, l.4753
一旦雪乃と八幡は雪乃案2の実施で合意する。
「けど、もう……大丈夫。これからは一人で、もっとちゃんとうまくやれるように頑張るから」/「だから……」vol.14, l.3583
しかし八幡は奉仕部の終了を認められず雪乃は八幡を諦められない。雪乃案2は成功も失敗もできず膠着する。
ここでは「だから」に続く言葉が描写されない。「助けて」だった可能性がある。 「だから、これで終わりにしましょう」 参照。
「お願い、叶えてって言ったのに」vol.14, l.5009
そして最終的に八幡は自案を優先し雪乃案2を反故にする。