雪ノ下雪乃は本当のことを言わない。

雪ノ下雪乃は本当のことを言わない。

14巻末のデレのんの破壊力がこのサイト作った原動力です。どれだけ雪ノ下雪乃をわかりたいと思ったことか。

雪乃は13巻末までほぼ一切の感情表現が排されていて、だから読者は雪乃には共感が全くできない様になってる。ラブコメとしては凄まじい試み。黒髪ロングというテンプレを叙述トリックとして使う事はよくある、というか流行でさえあったけれども、「考えろ」という主張のためにメインヒロインを作中ずっと犠牲にするか、というね。

雪乃の感情は表現されない、という証拠を集めようとして大量すぎて諦めた。嘘告白後から、生徒会長戦、「本物が欲しい」まで、全く意思疎通できていない。というか理解できないというエピソードではあるけれど、でもほんとひどい。一切の共感を要求しないラブコメヒロインって割と前代未聞かと。

自分で考えなければ何もわからない雪乃の造形は、記号的な萌えや推し、さらにそれらに依存するキャラクターデザインへのアンチテーゼ、でさえあったかも知れない。でも私の雪乃像は初めて雪乃に逢ってから10年間近く考え続けたいまの結論なので、これだけ一人のことを考え続けてしまっていたならそれはもう好きって事でいいでしょう、と自分を許すことにする。どうですかね。わからないですけど。

6巻までの雪乃は典型的な「なのだけれど」系。同種のラノベヒロインひっくるめて、周囲よりアタマ良いと思ってた中学生男子の理想像としての孤高。ウィットに富んだ(と自分では思ってる)ノリボケ言葉遊びが成立する程度の語彙と知識。兄や姉に引きずられたり帰国子女で異文化との接触があったり早熟だったりして精神年齢が高くて周囲と合わない人間に「私もだ」と言ってくれる異性。たぶん10巻の第2第3の手記が超ぐっさり刺さる層の理想像。いてえよー。

7巻以降の雪乃はアイデンティティに悩む中学生。かわいい。ずっと「助けて欲しい」と叫んでたら片手間に助けられてしまった、生きてた目的が突然なくなったらそりゃアイデンティティ拡散するわね、なんてのが文化祭から「本物が欲しい」までのエピソードかと。で、10巻から14巻は、その拡散したアイデンティティを「本物が欲しい」なんていうただの言い訳に寄せてしまったら破綻した、という話。

物語を通して断言されなかった八幡から雪乃への感情を簡単に言えば「好きになってはいけない」だと思う。6巻までは八幡は「孤高は理解されない」という理想を雪乃に押し付けていたから。というか自意識過剰を取り除けば普通に好き避け。7巻以降は雪ノ下家の家庭の事情に責任を持てないから。好意を持った理由は一目惚れ、好意を持ち続ける理由は間主観性を共有できているから、つまり馴れ合い。

雪乃から八幡への感情も「好きになってはいけない」。3巻で、八幡が陽乃の外面を識別した事で好きになって、その直後に八幡を諦めて結衣に譲る。この諦めが「お前の人生歪める権利を俺にくれ」 まで続いてる。雪乃が八幡を「好きになってはいけない」と考える理由は結局全く明かされないけれども、結衣の八幡への想いを物語の初めから知っていたから、結衣との友情を優先したから、が一番単純でどうにもならなくて良いと思う。雪乃の人間関係スキルは小中学生レベルに見えるので、発達を考えるなら友人は恋人よりずっとずっと価値がある。たぶん。

とはいえ私では雪乃の中の八幡像が形にならない。雪乃が八幡像をしっかり持っている、のは解る。9巻から11巻にかけてそれが剥がれ落ちる描写がいくつかある。もっとできる奴だと思ってた、サメ好きみたいな子供じゃないと思ってた、等々。でもこれだけだと情報量足りなくて形にならない。八幡のコピーを始めてそれで初めて気付いたのかも知れない。この「雪乃の中の八幡像」もやっぱり多分故意に描かれていないことで、そんなもの雪乃が話さなければ解らないことだし、本編中の彼らは互いにそんなこと聞かない、からね。

八幡は「故意にまちがう俺の青春を、終わらせるのだ」とか「お前の人生歪める権利を俺にくれ」あたりで多分他人に責任を負うということ、モラトリアムの終わり、社会性の獲得、を自覚した。でも雪乃は俺ガイル新ではまだ「それなら、私たちはいったいなんなのだろう。」 、アイデンティティ獲得の段階にいる。八幡の方が大人(というか雪乃が中学生程度)という状態。だからたぶんいつかは雪乃が八幡を突き放してしまう、ぶっちゃければ第二次反抗期、がある気がする。その時に雪乃を支える誰かは結衣であってほしい。

もっと適切な環境で学ぶべきだと思うし、より実地的な現場を踏むべきだわ。vol.14, l.4884 からして、

「政治と経営のダブルディグリー取れるまともな大学が他にないんだから仕方ないじゃない。私は県議会議員の私設スタッフにインターンしつつ国家総合職も取るから経営までは取れないし。それとも、私のパートナーは、その程度のこともできない?」「できらぁ……」

な未来を幻視してみる。できねえよ。でも陽乃に国立文系経済経営向け数学を叩き込まれる姿ぐらいは視える。ついでに雪乃が駒場で一人暮らし始めて八幡と結衣が転がり込んでみんなで駄目になる爛れた姿も。

でも雪乃は本人の志望に反して議員ではなく経営者ルートに見える。文化祭でもプロムでも雪乃が発揮したスキルは企業の管理職のそれだし。八幡の切り札のキャンパスの全部を埋めて残った空白の形がとったその言葉、「成功させる意思がある、時間も金も何もかもが無くてもただ雪乃と一緒なら、雪乃が無理してくれるなら、どんなに難しい案件であっても」なんて理想的なベンチャー企業立ち上げのお誘い。

あるいは葉山が政治家向きに描かれてる事も含めて、雪乃も葉山も陽乃も人生の進路をまちがっているという設定なのかも。いや知らんけど。